みなさん さようなら

2017.08.28 04:19|「呉越会」
1976年(S51) 月刊「特装車とトレーラ」8月号

「呉越会」余聞
森田氏の詩吟がとりもつ縁

 4月16日夜、「呉越会」洋上セミナーの一行は宿舎のホテルフェニックスで懇親会を開いた。飲むほどに酔うほどに、司会の無責任な指名に応えて、隠し芸を披露した。
 例によって、私は50名近い参加者全員と、酒に宮崎名産焼酎のちゃんぽんの献盃をやって、いささか陶然となっているところに、日通総研の森田稔氏が朗々と漢詩を吟じた。
 道(い)うを休(や)めよ……
私は愕然、そして粛然となって、森田氏に唱和した。

 道(い)うを休(や)めよ 他郷(たきょう)苦辛多しと
 同袍(どうほう)友あり おのずから相親しむ
 柴扉(さいひ)暁に出づれば 霜 雪の如し
 君は川流を汲め 我は薪を拾わん

 この詩は有名なものではない。従ってセミナーの一行にとっては全く馴染みのない詩であったろうが、私にとっては終生忘れ得ない因縁を持つ詩であった。

 この日のお昼頃、われわれの乗船「高千穂丸」は土佐沖を経て、四国西南端の私の郷里のすぐ沖合を通過した。昔の言葉で言えば、笈(きゅう)を負うてこの地を後にしたのは13歳の夏、中学1年の時だった。豊後水道から瀬戸内海を廻る貨客船で3日目に大阪へ上陸、小学校の教師をしていた叔父の家に身を寄せた。
 私のあと、郷里から親類の者達も叔父を頼ってきて、一軒の家を借りて合宿生活に入った。この家にガスは引けてなく、飯を炊く薪の煙にむせながら、叔父は私達に漢文の古典の講義などをした。その時に教えられたのがこの詩である。

 まだまだ親が恋しい頃であり、寒い冬の朝の炊事は辛かった。叔父は前年、九州大分県日田市にある咸宜園(かんぎえん)という広瀬淡窓の私塾を訪ねていて、その時、淡窓の作ったこの詩を教えられ、印刷された写しを持って帰っていたものである。広瀬淡窓は幕末の漢学者で、学者としての業績よりも教育者としての名が高く、全国からその名を慕って集まった者4千名に達したという。その中から、高野長英、大村益次郎、犬養毅などが出ている。

 昼、郷里を海上から見て、九州の地で思いもかけなかったこの詩を聞くことが出来て、私の感激は最高潮に達した。酒の酔いもあって、思わず飛び出して森田氏に炊きついた。森田氏もびっくりしたろうが、この余り人に知られない漢詩の理解者がほかならぬセミナーの主宰者であったのは、望外の喜びであったに違いない。
 帰途、私はこの詩の説明から入って人の世の生き方について短い話をした。



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みなさん さようなら

2016.11.28 06:00|「呉越会」
37年昔の「呉越会」欧州自動車産業視察の座談会を長々とお読み頂き、有難うございした。写真の粒子が粗くて申し訳ありません。おわりに「世界最大の工業見本市」としてまとめを載せました。各国工場視察の模様も、情報は古いのですがなかなか面白いので、いずれ掲載したいと思います。

先週、11月25日(金)、父の叔父に当たる「論語普及会」学監、伊與田覚先生が亡くなりました。100歳の大往生で、穏やかに逝かれたようです。
弊社・日新出版のWeb『トラック・X』人替わりコラム月曜担当が伊與田先生でした。2004年(H16)7月から8年間、原稿を寄せ続けて下さった先生の追善供養に、次回以降そのコラムを少し掲載します
。(妙)



1979年(S54) 月刊 「特装車とトレーラ」 7月号  (ヨーロッパ商業車特別号)

特別座談会  ―欧州の商業車に学ぶもの― おわり
生産技術だけが先行している日本

ハノーバーメッセ 見本市会場
左:  コイル運搬車も人目を引いた
上左: 歩み板はトレーラの前部にも取付けられている。カマーグ社。
上右: アーム付きバケット運搬車
下左: リフト式小型清掃車ダンプ。キャブが透明なのが面白い。テナント社。
下右:大型の粗大ゴミ収集車。 

ダンプ②
左: アルミトレーラダンプの後部。
中: グリーンとホワイトの配色が美しいダフ。
右: さく井機などの展示も多い。

ダンプ
左: ダンプユニットの展示
中: マンのチェンタイヤつきダンプ。
右: マックの公道外ダンプ。

3転ダンプ
左: ヒアブクレーンつき三転ダンプ。ダフ。
右: クレーンつき三転ダンプの前面。


ひとつのカギ トートライナー
高樋 イギリスにはジョロダレールというのがあるが、アメリカのトレーラにはない。アメリカはフォーク自体が入ってゆく。ヨーロッパはフォークで積んでもそれからは手で押してゆく、いかにも日本的なわけです。
増田 アメリカは後ろからの荷役が原則で、横扉のついたバントレは殆ど見かけないし、従って、アオリ付きトラックもない。
山科 両端のシステムのヨーロッパとアメリカの差ということもいえる。
 それと、アメリカは州によって多少の違いはあっても、日本と同じように、国全体を大きなシステムとして捉えることができる。ところが、ヨーロッパのように、違う国の中へどんどん入ってゆくということになると、そういう捉え方はできない。ですから小規模なスケールでの改良しかないから、ああいう車種の発達ということになる。
 本当に我々が勉強すべきは、ヨーロッパなのかアメリカかと問われれば、ボクはアメリカだと思う。観光するならヨーロッパの方がいい。(笑)
高樋 いま参考にするものはヨーロッパで、方向としてはアメリカ式の合理化を追及してゆかなければ、ということですか。
山科 というより、今の市場ではまだヨーロッパ的なものが売れるよ、ということでしょう。
西岡 いま我々のやっていることの追認という意味もありますね。自動歩みにしても、こちらで一生懸命やっていたら、向こうでも随分力を入れている、自分達の目指していたのは間違いではなかった、という感じが強かったですね。
増田 アメリカなら、クレーンか何かでポイと積み込むか、手作業であゆみをつけるか、どっちかでしょう。すごく機械化されたところと、そうでない面もある。機械化できるところはぐんぐん進めるけれども、そうでないところはそのままで手荷役に残しておく。ヨーロッパは機械化だけを追及しないで、手作業との接点を求めてゆこうという姿勢がある。
 実は明日、トートライナー(※)の正式調印に来たブロードベント社長と会うことになっているんですが、このトートライナーが日本のトラック荷役車両を占うカギになりそうな気がしますね。これ迄のウイングボデー(ルーフ)のワンタッチ方式はどちらかといえば、アメリカ的発想で、バン型車の側面を自動的に開放できるようにしたもの、トートライナーはヨーロッパに非常に多い幌車のシート掛けを合理化したもの、という気がします。
 シート掛けが日常的に行われている場合なら問題はないのですが、ワンタッチ開閉に慣れている人達には果たして受け入れられるかどうか。イギリスでは10台に1台というすごい普及率だそうで、実際沢山走っているのを見ました。日本でどういう反応を示すか非常に興味を持って見ているんです。

ヨーロッパお国ぶり
増田 大体お話も聞き終わりましたんでトラックから離れて、ヨーロッパお国ぶりというような話に移りましょうか。本当の駆け足で、西ドイツ、イギリス、フランス、スイス、スウェーデン、オランダと6ヵ国廻ったわけですが。
山科 駆け足というより、お金を替えてばかりいたような感じで。(笑)
 イギリスとスウェーデンはたしかに違う、両方とも福祉国家ですが、イギリスの方はこのまま亡びてゆくのかなという感じを強く受けましたね。ポーターひとつを見ても働く意欲など無くしてしまったようなね。ところがスウェーデンは、女の子が男と同じ作業服でキビキビと旋盤なんか使ってる、働き方がイギリスあたりとは違う。
西岡 何か喜んで働いているみたいで。
山科 ボクは年とってるせいか、ドイツが一番馴染みやすかったな。
坂入 ただ、あのドイツの窓ガラスの綺麗なこと、ゴミが落っこちてないこと、ああいう国では私は暮らせないと思ったね。(笑)非常に窮屈な感じで。
増田 そのかわり夜は開放的でしょう、ハンブルクなんか。(笑)
浜田 ロンドンは汚いですね、※地下鉄は灰皿と同じで。
坂入 アムステルダムは期待していたイメージとは変わった感じで、運河は汚いし。
高樋 どこの国もあの乗用車の氾濫には困ってるんじゃないですか。歩道ところ構わず駐車はするし。
増田 特にパリは凄かった。
坂入 しかし、何処も車に金はかけてないですね。靴がわりという感じで。
山ノ内 ジュネーブではいい車もありましたね。
増田 スウェーデンは印象深かった、フディクスバルへの道は遠かったけど、凍った湖があったりして。
 しかし、もうちょっと腰を据えないと、お国ぶりはなかなかわかりませんねえ。
 駆け足で欧州の商業車を見ただけでその全貌が理解できたとは思いませんが、今回の視察でその情報収集の足がかりだけは掴めたのでそれを土台にして、また計画を立ててみたいと思います。今日はお忙しいところどうも有難うございました。

※  トートライナーについては本誌でも度々取り上げてきた。イギリスのボアロイ社が考案して、ビールメーカーのフィットブレッド社が千数百台採用するとともに同社とボアロイ社とが合弁会社を作って、海外との技術提携などに当たっている。荷主であり、ユーザーの立場にある企業が、その使用している車両装置の販売にも乗り出しているという珍しいケースである。
 5月21日、同社と加藤車体工業(株)および須川車体(株)との間にトートライナーについての正式契約の調印が行われ、ボアロイ社のブロードベント社長および、フィットブレッド社の輸送部長D.S.モリソン氏が来日して、筆者は両氏とは個別に会った。
 ブロードベント社長は昨年の物流展に須川車体からトートライナーが出品された際来日しており、筆者は懇談する機会を持ち、今回の訪欧についても協力して頂いたものである。

ハノーバーメッセ/西ドイツ
世界最大の工業見本市
トラック荷役機器分野に多くの出品

 ハノーバーメッセの見学には、主催者の失敗があった。僅か1日しか充当しなかったこと、その1日のうち、昼食の為集合して貴重な少ない時間を空費したこと、出展者との意思の疎通を欠いたこと、などである。せめて、ハンブルクへの到着当日、半日もあったのだから、ハンブルク港視察はロンドンへの出発当日にして、この日は空港からメッセへ直行、予備調査をして、翌4月24日は終日メッセ視察に費やしておればと後悔される。
 ハノーバーメッセは専門分野の展示会でなく、電気技術、メカニカル・エンジニアリング、オフィス及びデータ関係技術、鉄鋼などきわめて幅の広い産業分野が23に分類され、そのひとつに運輸および交通があり、道路車両を主体に鉄道車両やガソリンスタンド施設までが屋外に展示されていた。

 午前中は猛烈な雨が襲ったが、午後は晴れ、ひたすら写真を撮りまくった。日本の展示会のようにカタログを自由に持ってゆかせるということはなく、欲しい人は身分を明かして、なぜ欲しいかを言わねばならない。たまたま場内でフジタ自工の西岡常務と出くわしてKAMAGという重車両や自動あゆみのメーカーのカタログが欲しいというので、プレハブ2階建の商談室に入り、カタコトの英語で趣旨を伝えたら、ウイスキーとコーヒーまで出してくれた。その他、ウインチメーカーにも見積もりがほしいと申し入れたところ、早速詳細な会社案内と見積書が送り届けられたらしい。ひとりひとりに通訳をつけることは難しいので、ブロークンな英語でも駆使して話しかける姿勢が、あちらの展示会の視察には必要だろう。

 小誌に掲載の写真(このブログではその一部)は出品車両のすべてではないが、アウトラインだけは掴んでいる筈である。カラー印刷ができないのが残念だが、明るい色彩が多い。テールゲートリフター、脱着ボデー重機運搬車の出品が多かったこと、アルミボデーを殆ど見なくて、FRPコーティングボデーと、アオリ付きシートがけのトラックが多かったことなどが印象として残る。
(おわり)
※  冨士見製作所の浜田氏に「灰皿と同じ」と形容された地下鉄は、この視察の5年後、1984年オックスフォード・サーカス地下改修中、タバコによる火災が起き、以後列車内、地下鉄構内が禁煙となったにも拘わらず1987年には、エスカレータの下に落ちた火の付いたマッチから31人の死者、100人の負傷者を出した“キングス・クロス火災”が起きました。(妙)




みなさん さようなら

2016.11.24 06:00|「呉越会」
1979年(S54) 月刊 「特装車とトレーラ」 7月号  (ヨーロッパ商業車特別号)

特別座談会  ―欧州の商業車に学ぶもの― ⑤
生産技術だけが先行している日本

79年7月号フォークリフト
小型フォークリフトをトラック後部にマウントして荷役に使用する。日本ではまず許可されない。
(ハノーバーメッセで)

車載車のフルトレはいかが
西岡 なぜヨーロッパにはフルトレが多いのか私なりにずっと考えていたんですが、その理由のひとつに次のようなことがあるのじゃないかと思う。例えばフルトレーラで全長が18mだとすると乗用車なら、前4台、後4台と8台が積める、セミトレーラなら7台で1台の差が出てくる、保安基準でセミトレなら15m、フルトレなら18mが取れるということであるならば、フルトレを採用するんじゃないか。
高樋 1人当たりの生産性ね。その計算は高いですよ。
西岡 パリの日航ホテルの近くに置いてあったフルトレの自動車運搬車、あれは面白かったですね。日本は単車からセミトレにこの種の車も移行が目立ちますが、フルトレにして型式承認を取った方がいいんじゃないか、という気がします。
山ノ内 イギリスにセミトレが多くて、大陸では比率が逆転してフルトレが多い理由は、大陸の方はイタリーからスカンジナビアまでというように輸送距離も長いし、その点からの面的広がりも大きい。ところがイギリスは島国ですから点の間の輸送が主で、この点、日本もイギリスに似たところもあるんじゃないですか。
西岡 日本の四国に例をとってみますと、車載車の単車で5台、セミトレなら7台ということでディーラーまではセミトレで来る、それから小口配送になると、3台積みのものが多くなってくる。こういうシステムの中では、8台積みのフルトレにして、後ろを切り離して、そのまま小口の配送に向かうということも出来るわけです。
坂入 そういう問題を解決するには、運送業者さんとか、荷主さんとかのあり方というか、輸送に対する取組方が大きなカギになる、そういう人達に会って話を聞く機会を持ちたかったですね。
 冷凍車のフルトレも結構多かった。
西岡 日本のボデーメーカーには残念ながら開発能力も不足しているし、型式を取るために必要な莫大な経費を負担する力もないところが多い。シャシメーカーが設計して型式をとり、その範囲内でボデーメーカーに作らせるということにすれば、車載車の輸送はもう一歩前進するんじゃないか、という気がしますよ。専用船まで造られるんだから、乗用車の内陸輸送にもっと力を入れて、無理矢理7台積むセミトレーラや単車のことばかり考えずに、ゆとりのある8台積みのフルトレを考えたらどうでしょうねえ。これなら、乗用車のタイプが多少違っても、そのたびに設計変更とかいって騒がずに済む。

アルミ主導型の日本のトレーラ
増田 日本のトレーラはセミトレ主導で、アルミバン全盛である、いわばアメリカの引き写しだが、ヨーロッパはそうではない。この違いは、日本に高速トレーラを導入した企業や人達に大きな原因があるという気がするんです。さっきも話があったように高度成長を果たすためには何が何でもアメリカを見習えということで、アメリカへ行った、そこで、トレーラやバンを持ち帰ったのが、アルミ圧延メーカーの人達だった。
高樋 それが間違いのもとであったと言いたいんでしょう。(笑)
増田 間違いとは思いませんが、始めにアルミありき、でアルミ使用を前提とした導入であったことは否定できないでしょう。車の使い方、日本の国情にマッチしているか、という方面から入っていったものではない。もし、ヨーロッパをお手本にした形で、フルハーフやトレモが日本のトレーラをリードしていったら、多少形は変わっていたかも知れない、という気がします。
山ノ内 今後変わるんじゃないですか。(笑)これだけ40名近い人が行って見てきたんだから。
高樋 フレーム構造なんかには影響を与えると思いますよ。

79年7月号 幌かけ アメリカ
左: アウトバーンでバスの前を走る幌かけ後3軸セミトレーラ。向こうからはフルトレが。
右: アメリカのトラックはかなり保守的である。

アメリカのトラックはシステムの一環
増田 去年秋、川西モータースの五十川所長がアメリカのTBEA(車体装備協会)と、イギリスのバーミンガムで開かれた国際モーターショーを見てこられた時の感想をうちの本の3月号に書いているんですが、アメリカは進歩がないし、向上心もない、というのでかなり点が辛い。ヨーロッパの方はまだ、バンボデー、平ボデーの特装化は進んでいるように見えた、となっています。
(3月号83ページ)
 私も同感で、ヨーロッパは変わらんといわれるけれども、少なくとも商業車の世界ではアメリカより努力しているし、進歩しているんじゃないかと感じましたね。
 アメリカは巨大な閉鎖社会みたいなもので、商業車の小さなものを除けば輸入車がその地位を脅かすこともなく、数十年前確立されたセミトレーラシステムが一番いいんだと信じ込んでいるところがあります。バンだけがトラックではない、アオリ付きにもいいところがあると幾ら言っても耳を貸そうともしない、車体メーカーもごく小さな規模で開発に対する意欲もあまりない、保守化、固定化の傾向が非常に強いという感じを私も受けました。
 それに較べると、ヨーロッパはありとあらゆる車種があり、お客は自由に自分に合ったシステムを選べるようになっている、国と国とが入り乱れているから輸出攻勢もある、ということで、商業車の世界ではアメリカよりも努力しているし、見習うべきところもあるんじゃないですか。
山科 フォークリフトトラックは既に前時代のものになりつつある、その時代に手押し車がまだ主体で生きている、というのがヨーロッパだと思うんですよ。だからヨーロッパの発想方法はそこから来ているんで、システマチックなものじゃない。アメリカはシステムとして捉えているし、またそのスケールも違う。自動車はそのシステムの一部であるという見方をせずに、部分部分だけを捉えたら、アメリカのトラックは進歩がない、変化がないということになるんじゃないか。むしろ、自動車の方は変わらずに、システムの方は変わっても適合してゆく。
増田 だからトラックはもう、いじらないんだという考え方がアメリカでは定着しているように思うんです。
山科 恐らくそうでしょう。これをいじると厖大な市場をいじらなければならないから、一応それは固定しておく、合わせ切れないところは変化させてゆく。そういう形でしょう。
(つづく)

左: バネつき歩み板
右: 自動歩みも多く出品されていた
79年7月号 歩み

みなさん さようなら

2016.11.21 06:47|「呉越会」
1979年(S54) 月刊 「特装車とトレーラ」 7月号  (ヨーロッパ商業車特別号)

特別座談会  ―欧州の商業車に学ぶもの― ④
生産技術だけが先行している日本

79 呉越会

左: ストックホルムで見た配送車の下部 アルミ材を使ったもので簡単な溶接で留めている
右: 蝶番のかわりにガスケットを変形させたものをドア取付に使用している (略図 高樋氏)

FRPが多かったバンボデー
増田 日本のピッチのついたアルミバンを見慣れた目からすると、あののっぺらぼうのバンボデーはちょっと異様でしたね。叩くとコンコンとベニヤのような音がする。(笑)
坂入 アルミは少ないですね。冷凍庫はFRPが多いのと、あとはスチールじゃないですかねえ。ハノーバーメッセのは殆どFRPの感じでした。
高樋 中はFRPのコーティングでしたね。
坂入 継ぎ目のない1枚板が多い。
増田 日本でいうとマクロボード的な材質ですかねえ。
高樋 本当にがっかりですよ。(笑)一体どの方向に走ってるのか、アルミは捨てたのか。
増田 もともとアルミはあまり使われてなくてスチールからFRPにいってるんじゃないですか。
坂入 サイドドアに蝶番がないのがありましたね。写真撮ったんですが、失敗しちゃった。Hホームがヒンヂになってるんですよ。
高樋 ガスケットを変形させてドアと本体へ取り付けてる、気密性は抜群です。出っ張りはなくなるし、問題は耐用年数がどうかですが。
 ボデーの骨組でも考えられないような構造のがありますね。そうかなぁと思うと、8トン車くらいのミートレールをつけた冷凍車の床板が1枚もののアルミ板であったり、7~8mはありました。
西岡 トレモやフルハーフのキットを買って、という風習がないんでしょう。あちらのボデービルダーの規模も小さいようで、何でもお客のいう通りに作る。

上手なハイテンの使い方
西岡 ソーリングでハイテン70の鋼材を使ってましたでしょう。いくらスウェーデン鋼の本場といってもジャンジャン使えるものですかねえ。
山科 最近見たある重ダンプのベッセルはやはりハイテン70を使ってたから、相当使われ出したんじゃないですか。
西岡 うちなんかで使ってるのは55から60ですから、70にアップできて、ラクに使えるのならもっと軽量化はできる。
山科 むこうはもともとそういう鋼材の本場みたいなところだから、ハイテンの加工性の違いがあるんじゃないですか。
西岡 きれいに曲げてるし。
山科 うまいよね。ハイテン用の設計や使い方に習熟してるという感じで。
西岡 うちへ帰ってシリンダーの中を覗いたら、マレルで見たように顔は映りません。(笑)でも、あそこまでやる必要があるか。川西の米田さんの受け売りですが、日本はシール材がいいからあそこまでやる必要はない、これをうちのシリンダーをやってるところをに聞いたら、その通りだと言ってました。
山科 よくやってるなという感じは受けましたが、これからの生産のあり方として、ホーニングやローラバニシングをあそこまでやる必要があるか、ボクは疑問ですね。
 日本でいう名人芸的なところがある。洋服の芯に凝ったりするような。そういうものを評価する市場があるというのは羨ましい。

特別座談会 79年7月号
左から やましな(いすゞ特装)、さかいり(東光冷熱)、やまのうち(東洋工業)、たかとい(日本トレモ)、にしおか(フジタ)、はまだ(冨士見製作)の各氏

貨車をトレーラに載せて運ぶ
増田 アッと驚くようなものはなかったですか。
高樋 リヨンからスイスへ列車で入ったときのあれ、初めはビギーバックかと思ったらその逆で。(笑)
増田 貨車をトレーラに載せてるのを見て、私も一瞬目を疑ったですね。ああいうのは話にも聞いたことがない。
高樋 積んでたのは恐らくスクラップでしょう。
西岡 そうですね。でもどうしてこうせないかんのか、ちょっとわからんですね。
増田 スイスの自動車工業会へ行ってこのことを話しましたら、ごく短距離に利用しているのだと言ってましたが。
浜田 引込線のない工場が利用してるんじゃないですか。
西岡 どうしておろすのかと思って見ていたら長い歩み板のレールのついたやつをひょいと持ってきて、トレーラと地面のレールを繋いで、テコでちょいと押すと、すっと降りていった。
増田 重たい貨車までトレーラに積んで運ぶんですから、あまり効率的とも思えないし。
 しかし、あのシステムは定着して使ってるんでしょう。専用のトレーラも何台か置いてあったし、タンク貨車でトレーラに乗っかってるのもありましたからね。
西岡 日本の国鉄の人に見せたらびっくりするでしょうねえ。(笑)
増田 どうも日本の交通システムは縄張り意識が強くて、協力姿勢がないですね。
 ハンブルクで見たロールオン・オフ船にしても、普通トレーラと、専用パレットが仲良く同船していて、同じトラクタでちょっと部品を取り替えて荷役をしている、日本ではいまのところ、ちょっと考えられませんが、ワクにとらわれないというべきか、元々そういうようなワクはないのか、面白い問題ですね。
 それと、スイスのビギーバックの反対のものや、ハンブルクのRo-ro船でもそうですが、簡単な道具や、機械を使って、重量物を動かすのに習熟しているなという感じを強く受けました。

79年 呉越会 荷下ろし作業
トレーラに積んだ貨車のおろし作業 フランスからスイスへの列車が停車した駅で見学

ヨーロッパには転角制度はない
増田 あちらでいろいろ法規を調べたんですが、転角というのは出てきません。どうもこれは日本だけのものですね。高さもあちらはゆるいし。
山科 車を引っ繰り返したらドライバーに大変な責任がかかってくるからね。
高樋 安全に荷物を運ぶための道具ですから、使い勝手が良くて、理にかなった車という考えになるんでしょう。実車で走るものを空車で測ってもナンセンスで、これは運用上の問題以外の何ものでもないという気はしますね。
増田 大きなクレーン車のような構造ならわかるんですが。
山科 外人が来て一番びっくりするのはタンクローリの角ですね。(笑)あれは横転したときのためのものだからといくら説明してもわからない、かえってどうしてそんなにひっくり返るんだと反問してくる。思想的にとけ合わないんですね。

何処に消えた海上コンテナ
坂入 高樋さんの疑問に思っていた海コンですが、どこへ消えちゃってるんでしょう。
増田 日本と較べて、海コンそのものの絶対数が少ないことと、港の近くに工場地帯があって貨物をそこでばらしてしまう、ということもあるんじゃないでしょうか。
山科 倉庫と港が直結してるから、そこで解体してしまうということもあるかも知れませんね。
増田 Ro-ro船で運ばれるというケースもあるようで、大きなパレットに乗っかってる40フィートの海コンも見ましたし、写真なんかにも出てます。水路を伝わってゆくルートもあるんじゃないですか。
高樋 鉄道も多いんでしょう。ハンブルク港の担当者が、陸上輸送は300km以内、貨車が85%と言ってますね。
増田 アメリカでも近距離は別として、長距離となると貨車のようですね。
高樋 300kmというと東京から浜松のちょっと先くらいですか。日本の場合は、船の都合で、東京だけだということになると、神戸あたりから東名を走ってくるし、その逆もあるということで、あちらと事情が大分違いますね。
増田 アメリカもヨーロッパも内陸の輸送にはまだまだ鉄道と水路が大きなウエイトを持っているということでしょう。パリのセーヌ河でもひっきりなしに貨物船が往来してましたから。

生産技術よりも利用技術が発達
増田 いろいろお話も出たんですが、私はちょうど昨年の同じ頃、アメリカへ行って、今度ヨーロッパを見て、同じトレーラやトラックであるのに、なぜこんなに違うのか、その間に立つ日本は一体どうなんだという疑問を持ったんです。
 トレーラの高速についていえば、日本はアメリカ型でセミトレが多く、しかもアルミバンが圧倒的でしょう。ヨーロッパのトレーラはフルトレや幌がけが多い、トレーラの源流が別なんかと思えば、フルハーフ、トレモとも欧州に会社を持っている。
高樋 日本の場合はフルハーフさんもうちもオリジナルはアメリカから来てますから、外観的には同じようなものになった。ヨーロッパの場合は、普通トラックが先ずあって、トレーラが入ってきて、フルがいい、セミがいい、幌で十分だというようなことで選択していったんじゃないでしょうか。
 われわれが見たヨークにしても、発祥はカナダですし。
西岡 ところが保安基準なんかはイギリスから見習ったところが多いように見えますね。
山科 日本の生産性本部あたりが、経済成長のために、何処をお手本にするかと言えば、さっきのお話じゃないが、10年余りたっても変わらない欧州よりも、どんどん発展しているアメリカを見習えということになった。そこで、生産技術にしろ、設計技術にしろ、アメリカ的なものを取り入れてきた、ということじゃないですか。
山ノ内 ハノーバーメッセの事務機の見学に行った視察団の人が随分、メッセを見て廻ったらしいですが、言ってましたね。「もうヨーロッパからは殆ど学ぶべきものはない、学ぶべきはアメリカと、そして日本だ。」自負してましたよ。
山科 たしかに、われわれメーカーが見ても、これでよく輸出が出来るな、というところはある、生産技術の上からは余り学ぶべきものはないんじゃないですか。ただ、マーケットと車をどうマッチングさせるか、という面では興味がありますね。
山ノ内 くるま、トルクを伝える機能を持った車輪というものをうまく使いこなしてきている、それがだんだん発展して自動車になった。
 しかも、日本よりずっと人件費が早く高くなったものだから、そこに省力化という要素もからまさなければいけない、ということで、トラック荷役の方が発達してきたと思いますね。
(つづく)



みなさん さようなら

2016.11.17 06:00|「呉越会」
1979年(S54) 月刊 「特装車とトレーラ」 7月号  (ヨーロッパ商業車特別号)

特別座談会  ―欧州の商業車に学ぶもの― ③
生産技術だけが先行している日本

79 呉越会
左: 欧州の集配車はテールゲートリフターつきが常識となっている。ストックホルムで
右: アムステルダムのホテルで洗濯物のロールパレットを積む脱着ボデーとゴミのパックコンテナ

質量ともに豊富だったトラック荷役装置
増田 一応ひとわたりお話をお聞きしましたので、これからフリートーキングに入りたいと思います。ハノーバーメッセは団員の皆さんから見学の時間が少な過ぎた、もう2日は欲しいという苦情を頂いているんですが、これは主催者の調査不足でした。いい加減少ない時間なのに、外の食堂に食事を取りにゆけない人まで集合をかけて無駄な時間を費やしたり、これは十分に反省しています。
 しかし、スイスやスウェーデンの自動車工業会の人に聞くと、ハノーバーメッセやフランクフルトのショーはどうしても地元優先になると言ってました。それぞれのショーによって、ひとつの性格があるようです。
 私の感じとしては、ドイツ型らしく、建設型のような重装備の車が多かったことと、普通トラックでは荷役を工夫したものに面白いものがありました。テールゲートリフターも随分いろいろ出てましたね。
山科 手押し車のようなものが日本と違って非常に発達している。ソーリングで見せて貰ったテールゲートリフターではプレートの表面が縞になっていて、荷物を滑らせては載せられないようなのがあったでしょう。何らかの車を使うことが前提になっている。
 それからハノーバーメッセで見たボンベを運ぶトラックね。フォークリフトをケツにくっつけて一緒に移動するようになっていた。
西岡 面白かったですね。トラックの後に穴があって、そこへリフトの爪を入れて自力で上って固定するんですが、日本じゃまずお役所が許可せんでしょう。長さとか、オフセットとか、いろいろあって。
高樋 アメリカではフォークを引っ張ってゆくのがあると聞いてますが。
山科 ハンドの荷役というものが非常に発達していて、それをうまく使いこなしているからトラックにもそれにふさわしい荷役装置が必要になってくるんでしょう。
増田 これは会場の隅っこの方で見たんですが、こういうやり方もあるかと驚いたですね。積むときはフォークリフトなんかの荷役機械があってもおろす時に困る場合が多いでしょう。そういう場合にいいと思いますよ。
(本誌47P参照)…下欄に47ページのphoto掲載(妙)
 統計的にはどうなるかわかりませんが、テールゲートリフターの装着率は日本よりかなり高いのではないかと感じましたね。
坂入 大体ヨーロッパの人達は腰が弱いんじゃないですか。太陽にあまり当たらないから。(笑)それでああいう荷役装置が発達する。随分くたびれた車にもやはり付いてましたね。
西岡 そのテールゲートリフトも大陸の方はパワーゲートやコンビリフトのようなタイプが多くて、イギリスではエレベーター式垂直上昇のタイプが多かったような気がしますね。

脱着ボデーのノウハウを売るレイスミス
増田 これもトラック荷役の合理化につながると思うんですが脱着ボデー、日本でもかなり古くから開発されているのに、普及の方はもうひとつでしょう。
 イギリスでヨーク社視察の帰りにレイスミスの脱着ボデーを見たんですが、カセットボデーに力を入れておられる山科さんとしては。
山科 ボクはもっと使われていると思ったが、案外だったですね。
増田 私は結構あるなと見てましたよ。ハノーバーにも沢山出てたでしょう。トラックターミナルらしきところにもトレーラと並んであったし、道路わきなんかでもよく置いてありました。
山科 ただ、レイスミスやハノーバーで見たのでは確実なことをやってるなと感じましたね。カセットボデーももう一度考え直さんと。(笑)
西岡 あれを日本で作れば、侵害になりますかね。あの資料を日本に持って帰って、徳島のある業者に見せると非常に興味を示して、2トン車でやりたいという。
山科 2トン車ならうってつけです。あちらのを紹介するよりうちのを頼みますよ。(笑)
西岡 あのレイスミスという会社はノウハウを売ってデザインするだけで、飯を食ってるんでしょう。特装車の世界で設計集団が商売になるというのは面白いですね。
山科 その辺むこうはノウハウなり、インフォメーションをちゃんと金に換算して商売するという風習が出来上がってるんでしょうねえ。
浜田 こちらでは設計というものに金を払いたがらないですね。

2トン車クラスは少なく 多彩なトレーラ
増田 日本と較べて車種構成はどうですか。
山科 あれだけ町は狭いのに2トン車クラスがないですね。前にGMの人と話したとき、そんなものはいらないんだ、4トン車が欲しいという。コン畜生と思ったんですがね。行ってみたらなるほど、2トン車以下というのはいきなり1トン車位のボンネットに飛んじゃってね。その間が殆どない、これは疑問を残したまま帰ってきた。
坂入 ルートバンでいうと、2トンクラスはなくていきなり4トンクラスから3トン程度というのが非常に多かったですね。
山科 日本でいうと3トンクラスをちらっとみた程度で、あとは4トン車以上が多い。
山ノ内 2トンのダンプなんて、見なかったし、あるんですかねえ。
山科 トラックは結構走ってたけど、3軸車は案外少なかったですね。殆ど2軸車で、日本だったら3軸車で運ぶのは殆どフルトレですね。
 この車種の問題は運転免許証との関係があるのじゃないですか。
増田 トレーラは多彩でしたね。セミ、フル、ダブルス、一定の長さの枠の中なら何でもかまわんというような考えでしょうかねえ。
高樋 そのトレーラでもセミ、フルともアオリはあったんですが、イギリスへ行くと、アオリもなくて、フラットトレーラが多い。それで高速道をビュンビュン飛ばしている。
 ロンドンで坂入さんと朝早く魚市場へ行くとね、冷凍車らしきものは1台だけ。あとは平ボデーの小さな車で鳥居だけついてね。
坂入 スチロフォームの冷食入りのやら、トロ箱みたいなのをそのまま積んでね。
 その冷凍車もスチールバンのボロボロで、道路で荷さばきをしている。
高樋 フランスのリヨン近くがいちばん日本に近い車の使われ方をしておったんではないか、これは坂入さんと私の共通した意見です。

製品の質と価格、従業員の働きぶり
増田 製品の質はどうですか。
西岡 リヤダンプなんかいいですね。ただ、生産性で川西なんかと較べると天地の差でしょうねえ。うちがダンプを作るようなもので。
 だからコスト面では全然太刀打ちできませんよ。でもそれで、悠々やってゆけるというのだから。
坂入 スウェーデンなんかでは、国が土地や建物まである程度面倒を見る、雇傭の場所を確保してやる、そういうところに違いがあるようですね。
高樋 従業員もガツガツしてないし、経営者はそれに輪をかけたようなのもいるようだし。
西岡 うちあたりで、ソーリング程度の工場を建てるとしたら、借金で首が廻らんようになるし、金はないのに税金は払わないかん、継ぎ足し、継ぎ足ししか仕方のないことになる。
高樋 スカニアの組立ラインは余裕があったけど、ヒアブの方は日本的に精一杯でやっている。
西岡 そうかと思うとソーリングみたいに小さなところでも割にゆっくりやっている、同じ国でね。スウェーデンはいちばん面白かった。
増田 価格的にはどうですか。
西岡 安いのか、高いのかどうもわからん。ヨークでアルミのセミトレーラダンプがあったでしょう。値段を聞いたら9,000ポンドという、日本円に直したら400万位ですか。間違いじゃないかと何べんも聞き直してもそうだという。材料費が違うんですかね。
山科 鉄鋼なんかは日本から輸出してる位だからね。ソーリングのシリンダーが安い安いと言ってたでしょう。
西岡 本当ならすぐにでも買いたい位ですね。ハノーバーメッセでウインチを見て、見積もりを取ったら、そう安くはなくてうちでは使えないという結論になった。ですから、いざ見積もりということになったら案外高い値段が出てくるんじゃないですか。
(つづく)

P47-①
上左: 手動式ウイング型側面開放車
上中: 手動ウイング型ボデーの上部
下左: 小型バン用テールゲートリフト
下右; 身体障害者車椅子に使用する片面リフト
右: こいう発想は我々には出てこない。荷下ろしのみに使用しても面白いと思う 

P47-②
左: アトラス製リフトゲートをつけた普通車
中: バン型車のリフトゲート
右: 後方監視テレビを持ったリフトゲートつきバン型車

P47-③
左: バン型車へのリフトゲートの装着率はきわめて高かった
中: 左側は蓄冷式冷凍庫、天井に配管 右側はミートレール付き食肉運搬車
右: ボデー材質は木質FRPコーティングのものが圧倒的に多い 非常に美麗である

P47-④
左: 展示用に作られたテールゲートリフト
中・右 テールゲートリフターの展示用ユニット




プロフィール

増田周作

Author:増田周作
(株)日新出版 創業者
月刊「特装車」「特装車とトレーラ」「NewTRUCK」編集発行人
「東京トラックショー」創立・主催者

大正15年8月30日生まれ 土佐出身
(H23年すい臓ガン、翌年肝臓ガン発病)
平成24年11月21日 肝不全で死去
       享年87歳

旧制中学1年1学期、上級生とのケンカで先方2名と共に退学になる。
大阪商科大学(現・大阪市立大学経済学部)卒業。土木従事、新聞社を脱サラ後、広告代理店経営。昭和44年43歳、東京でトラックの月刊誌発行を始める。
湯島聖堂「斯文会」名誉会員・後援会常任委員を務める。
「呉越会」「東京トラックショー」「増田周作のおはようコラム」「日新論語会」など、常に社会の木鐸(ぼくたく)でありたいと願った“いごっそう”であった。
伊与田覚学監は10歳年上の叔父。

【 これがほんとうのあとがき。43年のもの書きの、最後の後書になった。われながらよく書き続けたものだと思う。
「生涯現役」。もの書きとして生涯現役を貫いた喜び、これに勝るものはない。読者の皆様に最後の「わだち」をお送りしてお別れをしたい。今、私は至福の感をもって最後のわだちを書いている。みなさんさようなら   11月13日 】
 絶筆 H24年/12月号
「わだち=月刊 NewTRUCK 編集後記」

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