みなさんさようなら

2014.09.22 06:00|「手紙」
父上様
周作筆 般若心経                 昭和47年9月23日

今日は彼岸の中日ですので 先祖供養の意味で般若心経を書きました
佛前に供えて下さい
午後は何処か寺詣りにゆこうと思っています     草々
                       周作
父上様


叔母の遺品の中にあった、42年前、46歳の父が祖父へ送った手紙。
 日蓮宗に般若心経は不要らしいが、60余年の昔、お四国遍路の門々で般若心経を上げて廻った父はそんなことに頓着しなかった。毎日『般若心経』『論語』を唱えていた父に習い、私は上記のコピー『般若心経』、次に『大学』、その次が伊与田先生の『仮名論語』の1章または半章、最近では『教育勅語』を加えて、仏壇に向かって上げている。
 それから、三浦家、小谷家、増田家のご先祖さん、父を導いて下さった諸先生、恩人と言っていた前田さん、中川さん、お世話になった日軽金の松永さん、荒川さん、多田さん、久世さん…と名前を挙げて、ホントに有難うございました、お陰様で父は最期まで立派に仕事ができました、一所懸命勉強しました、とお礼を言っていると優に30分はかかるので時々サボる。私を不信心だと言っていた父は、まぁ仕方ないか、と思っているだろう。というより、私に『大学』や『論語』を聞かされることになるなど、生前は想像もしなかったに違いない。(妙)
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みなさんさようなら

2014.07.10 05:08|「手紙」
絵はがき 1978年米
絵はがき 1978年呉越会
アメリカから高知の祖父へ送った絵ハガキ。祖父と同居していた叔母が父からの便りを大事にしていたようで、2008年に亡くなった叔母の遺品になったこれらを、父は缶に入れて書庫に保管してあった。下の毛筆の手紙は、初めて渡米する父に餞別を贈ってきたらしい同じ叔母(叔母は4人いる)への礼状で、この呉越会の翌年9月、祖父は亡くなった。(妙)

1978年(S53) 8月号 通巻127号
第5回 「呉越会セミナー 国際トラッキングショー 」 ⑭

米国自動車産業視察団 旅程&参加企業名

5月8日(月) 東京発 ロサンゼルス着 市内見学
  9日(火) 午前中 チャレンジクックブラザーズ社視察
        午後 日通ロサンゼルス支店他視察
  10日(水) 空路 サンフランシスコ到着
        午後 国際トラッキングショー表敬訪問
  11日(木) 終日 国際トラッキングショー視察
  12日(金) 午前中 U.P.S視察 団長、副団長はトラッキングショー委員長訪問        
         午後 ピータービルト社及びピギーバック現場視察
  13日(土) 市内見学
  14日(日) 空路 シカゴ到着
  15日(月) 午前中 ヘンドリクソン社視察
        午後 日本情報文化センターでセミナー 
        (講師/ジェトロ・小柳武昭氏 日本機械部品要素事務所主席部長・田村忠男氏 領事・村田 達氏)
  16日(火) 朝 ジャパンアメリカオートモーティブシステム社長・押川昭氏講演
        午後 空路 コロンバス到着
  17日(水) マリオンのトドコ社及びトレッドのトドコ社テールゲート工場を視察 バスでデトロイト
  18日(木) 午前中 GMCトラック工場視察
         午後 フォード博物館視察
  19日(金) 朝 A班帰国 B班自由研修
         団長はアメリカ自動車工業会訪問
  20日(土) 空路 カナダのトロント到着 ウェランド運河を視察してナイアガラ到着
  21日(日) バッファローより空路ニューヨーク到着
  22日(月) 午前中 コンテナヤード視察 午後市内見学
        団長は総領事館に高橋大使訪問
  23日(火) アムトラク鉄道でワシントン到着
        団長は日本自動車工業会アメリカ事務所訪問
  24日(水) スミソニアン博物館他 視察
        団長はトレーラ工業会及び車体装備協会訪問
  25日(木) 空路 ロサンゼルスを経てホノルル到着
  26日(金) ホノルル発
5月27日(土) 午後 成田空港到着


団長  自動車車体通信社社長 増田周作
副団長 浜名自動車工業(株)社長 田村慎一氏 (以下 あいうえお順)

(株)安斉車体製作所 いすゞ自動車(株) いすゞ特装開発(株) 関東美川ボデー(株) (株)北村製作所 極東開発工業(株) 群馬車体(株) 小平産業(株) 金剛自工(株) 三和シヤッター工業(株) 自動車精工(株) 新明和工業(株)川西モーターサービス (株)東光冷熱エンジニアリング 東洋サーモコントロール(株) トヨタ自動車販売(株) トヨタ車体(株) 名古屋ボデー(株) 日通商事(株) (株)日通総合研究所 日本通運(株) 日本電装(株) 不二自動車工業(株) フジタ自動車工業(株) 北海道車体工業(株) 丸文(株) 三菱アルミニウム(株) 武蔵野金属(株) (株)矢野特殊自動車製作所

礼状 1978年呉越会
“昨日は有難うございました。一生懸命働いたお金と思うと、勿体なく心苦しいのですが、折角の志ですから有難く頂戴しておきます。団員の名簿を入れておきましたので、全員が無事帰国でき(る)ようお祈りしてほしいと父に言って下さい。母の写真も一緒にアメリカへゆきます。 草々  兄”
 

みなさんさようなら

2014.03.20 03:18|「手紙」
母上様
手紙3月20日

暖かくなったり、寒くなったり、一向に定まらない天気が続いています。先日は○○子(三女)にお祝い有難うございました。それぞれ卒業式もすんで四月の入社式、入学式を待つばかりです。○子(次女)の謝恩会には私も出席しましたが、何百人の男女のなかでトップで、早々と慶応に決まっていたものですから、他の父兄からお祝いをうけたり、羨ましがられたり、親としては肩身の広い思いをしたことでした。あんなに弱かった子が、体も大きくたくましくなって、工学部という、いちばん男らしい学部に入ることになろうとは全く考えもしませんでした。男50人に女一人という割合の学生生活で、どういうことになるか紅一点で大事にされるだろうと冗談を言っています。
妙子は先生への謝恩会も帝国ホテルという豪華版で、全員振袖、大騒ぎでした。…四月一日からいよいよ社会人、増田の孫うちで、いちばん早く月給を貰います。…皆と一緒にやってゆけるか心配ですが…。○○子の入った都立学校も上のクラスです。
子供達が育ってゆくことは、こちらも年をとってゆくことで、嬉しくもあり、淋しい気もします。
仕事の方、一般の情勢はきびしいのですが、私の方は順調です。…コンピューターの易で、私の運勢は後半、みごとによくなるとでているそうで、うちの本のうしろに書いたのを送りますから、読んで下さい。物事をくよくよ考えずに、これからよくなると考えていたら気が楽で、運も開けてくるというものです。
春から上京ということで私も孝子も用意していたのですが、ちょっと拍子抜けです。宿毛に腰を据えるということでなしに、東京の夏は過ごし易いし、冬の寒いときは土佐で、という具合に自由に考えたらどうですか。飛行機もあることで、移動はラクです。
三月末帰る予定でしたが、仕事の都合で四月中頃すぎになるでしょう。羊かん届きましたか。皆によろしく。
                          三月二十日 (1975.3.20)
                             周作
     母上様
プロフィール

増田周作

Author:増田周作
(株)日新出版 創業者
月刊「特装車」「特装車とトレーラ」「NewTRUCK」編集発行人
「東京トラックショー」創立・主催者

大正15年8月30日生まれ 土佐出身
(H23年すい臓ガン、翌年肝臓ガン発病)
平成24年11月21日 肝不全で死去
       享年87歳

旧制中学1年1学期、上級生とのケンカで先方2名と共に退学になる。
大阪商科大学(現・大阪市立大学経済学部)卒業。土木従事、新聞社を脱サラ後、広告代理店経営。昭和44年43歳、東京でトラックの月刊誌発行を始める。
湯島聖堂「斯文会」名誉会員・後援会常任委員を務める。
「呉越会」「東京トラックショー」「増田周作のおはようコラム」「日新論語会」など、常に社会の木鐸(ぼくたく)でありたいと願った“いごっそう”であった。
伊与田覚学監は10歳年上の叔父。

【 これがほんとうのあとがき。43年のもの書きの、最後の後書になった。われながらよく書き続けたものだと思う。
「生涯現役」。もの書きとして生涯現役を貫いた喜び、これに勝るものはない。読者の皆様に最後の「わだち」をお送りしてお別れをしたい。今、私は至福の感をもって最後のわだちを書いている。みなさんさようなら   11月13日 】
 絶筆 H24年/12月号
「わだち=月刊 NewTRUCK 編集後記」

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