12月号はどんな号

2012.11.16 19:34|未分類

新しく加わった「NewTRUCK」の記者達は今、
取材に走り回っているのだろうか。
耳が遠くなり、意思の疎通ができにくくなったので、
毎日、伝令が事務所と病院を行き来する。
伝令は土屋さんであったり、大野さん、妻子である。

先日は、苦しいので「腹水を抜いて欲しい」と頼んだら、
緊急手術を終えた担当医の、
「まだです」の返事を看護士が伝えに来た。
増田さんならまだ、
もう少し「もの書き」の気骨を示せる、
ということらしい。
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増田周作、お別れとは言いながら… 

2012.11.10 21:17|未分類
往生際の悪いこと

最期の記事書きはほぼ終わった。
12月号は予定通りできる予定である。

ところが、最期の仕事は終わっても、まだお迎えは来ない。
新年号の記事に取りかかるべきか、
書くテーマを何にするか迷っている。

往生際が悪いといえばそれまでだが、
待ち受けているものは中々やってこない。
「生涯もの書き人生」を貫く為にも、
生きている限りはもう少し書こうか、と思っている。

東京トラックショーは誰のものか

2012.11.02 15:49|未分類
出展者がショーの基本方針を決定する そのあるべき姿実現へ

東京トラックショーは誰のものか。
主催者のもの、と錯覚していたところに大きな問題があった。
確かに他の大型の産業展示会と違い、業界団体は主催していない。
全日本トラック協会は後援団体であって、
ショーの詳細についての打ち合わせはない。

そこで、主催者・日新出版の子会社である日新企画が
ショー全体にわたって出展者に十分の説明がないまま、
ほぼ独断専攻で、すべてを取り仕切ってきた。
「ショーの私有化」といわれても仕方のない面が多かったのは事実である。

その挙げ句が、主催の日新出版を通り越して
「これまで実質的に企画運営しきた日新企画がショーの主催者である、
後は日新出版の名義と月刊誌NewTRUCKの発行権の取得だけだ」
と考えた上での乗っ取り工作であった。

ここでは、
もっとも重要な出展者の意向は一切無視されたままである。

増田は重病中の身であったが、
先ず、日新企画の東京トラックショーへの関与完全排除に取り組み、
これに成功した。

次に来るのは、出展者代表によるショーの企画運営で、
その議決によって、予算執行などを日新出版で実施する。
その第1回会合も既に行っている。

出展者代表よるショーの企画運営は、
他の業界団体主催の場合、一般的に行われていることで、
東京トラックショーはその採用が遅きに失していた、
というべきだろう。
プロフィール

増田周作

Author:増田周作
(株)日新出版 創業者
月刊「特装車」「特装車とトレーラ」「NewTRUCK」編集発行人
「東京トラックショー」創立・主催者

大正15年8月30日生まれ 土佐出身
(H23年すい臓ガン、翌年肝臓ガン発病)
平成24年11月21日 肝不全で死去
       享年87歳

旧制中学1年1学期、上級生とのケンカで先方2名と共に退学になる。
大阪商科大学(現・大阪市立大学経済学部)卒業。土木従事、新聞社を脱サラ後、広告代理店経営。昭和44年43歳、東京でトラックの月刊誌発行を始める。
湯島聖堂「斯文会」名誉会員・後援会常任委員を務める。
「呉越会」「東京トラックショー」「増田周作のおはようコラム」「日新論語会」など、常に社会の木鐸(ぼくたく)でありたいと願った“いごっそう”であった。
伊与田覚学監は10歳年上の叔父。

【 これがほんとうのあとがき。43年のもの書きの、最後の後書になった。われながらよく書き続けたものだと思う。
「生涯現役」。もの書きとして生涯現役を貫いた喜び、これに勝るものはない。読者の皆様に最後の「わだち」をお送りしてお別れをしたい。今、私は至福の感をもって最後のわだちを書いている。みなさんさようなら   11月13日 】
 絶筆 H24年/12月号
「わだち=月刊 NewTRUCK 編集後記」

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