みなさんさようなら

2012.12.27 08:38|未分類
【ご報告】
12月25日、増田周作は35日の法要で、
絶筆の「NewTRUCK」12月号と共に墓に納まりました。

四国39番札所「延光寺」裏山の中腹にその墓はあります。
昔、祖母の作った装束で、父はこの寺からお四国巡礼へ出立したのでした。

心配をかけ続けた両親の眠るそばに、「早く入りたい」と楽しみにしていた父は、
86歳でようやく願いがかないました。

日新出版と遺族より、永年父を応援してくださった全ての皆様に、
感謝の気持ちをお伝えしたいと思います。
有難うございました。

(株)日新出版 増田妙子
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みなさんさようなら

2012.12.19 08:32|雑記
周作は、小さいが好みに作った庭を前に、
原稿を書くのはほとんど自宅の書斎であった。
資料を周りに広げ、文章を練りながら
一心不乱にパソコンに向かっていたが、
外部に出す文書などは大体事務所で作っていた。

疲れたり何か思いつくと、
アイデアマンの父は、社員を集めては自分の構想を話した。
話しながらいろいろな企画が決まっていくのだった。
そのスピードと独創性には誰もついて行けなかった。

日新出版の研修会「呉越会」も、社名も
東洋の古典に精通している父ならではの命名であって、
増田周作の精神を理解しない輩がこの名を使うのは、
まったく古典を冒涜するものだと私は思っている。

(株)日新出版 増田妙子

みなさんさようなら

2012.12.01 21:43|雑記
「もの書き」増田周作は、
本年11月21日早朝、
肝不全で、あの世へ旅立ちました。
享年87歳。

長い間、増田の書いた文章をお読み下さった多くの皆さま、
また、どんな時にも変わらず心を寄せてくださった皆さまには、
厚く厚くお礼申し上げます。
本当に有難うございました。

平成11年(1999年)10月14日から増田は
(株)日新出版のHPに「増田周作のお早うコラム」と題して、
平日の毎日、コラムを載せ始めました。
4年後の平成15年9月、休日向けに
論語に関係したちょっと重めで長めのコラムを始めます。

平成22年(2010年)、
月曜更新で「銀座のご意見番」が加わり、
これら3つは今年6月11日まで続きました。
乗っ取りを仕掛けた側が暴露を恐れてパスワードを変えたため
アップできなくなり、
Web世界で書きに書いた13年の幕切れとなってしまいました。

「もの書き」増田周作は、なかなか面白い人物でした。
不定期ではありますが、皆さまに少しずつ父の思い出を
「問わず語り」してみようと思います。

(株)日新出版 増田妙子




プロフィール

増田周作

Author:増田周作
(株)日新出版 創業者
月刊「特装車」「特装車とトレーラ」「NewTRUCK」編集発行人
「東京トラックショー」創立・主催者

大正15年8月30日生まれ 土佐出身
(H23年すい臓ガン、翌年肝臓ガン発病)
平成24年11月21日 肝不全で死去
       享年87歳

旧制中学1年1学期、上級生とのケンカで先方2名と共に退学になる。
大阪商科大学(現・大阪市立大学経済学部)卒業。土木従事、新聞社を脱サラ後、広告代理店経営。昭和44年43歳、東京でトラックの月刊誌発行を始める。
湯島聖堂「斯文会」名誉会員・後援会常任委員を務める。
「呉越会」「東京トラックショー」「増田周作のおはようコラム」「日新論語会」など、常に社会の木鐸(ぼくたく)でありたいと願った“いごっそう”であった。
伊与田覚学監は10歳年上の叔父。

【 これがほんとうのあとがき。43年のもの書きの、最後の後書になった。われながらよく書き続けたものだと思う。
「生涯現役」。もの書きとして生涯現役を貫いた喜び、これに勝るものはない。読者の皆様に最後の「わだち」をお送りしてお別れをしたい。今、私は至福の感をもって最後のわだちを書いている。みなさんさようなら   11月13日 】
 絶筆 H24年/12月号
「わだち=月刊 NewTRUCK 編集後記」

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