みなさんさようなら

2014.06.30 02:58|「呉越会」
1978年(S53) 8月号 通巻127号
第5回 「呉越会セミナー 国際トラッキングショー 」 ⑪

5/24 もうひとつのワシントン事務所 
小規模業者をよく結集、アメリカ車体装備協会 その②

車種別と地域別に会員を分類
 会員の分科活動はマニュファクチャー(略称M)は製造品目で、ディストリビューター(略称D)は地域別に分類する。略……

カリフォルニア州だけで66社の会員が
 会員名簿はもちろんあるのだが、その名簿には、分科活動の分類は一切出てこない。 まずアルファベット順に会員を整理しているのは五十音順に整理している車体工業会と同じである。社名、所在地、電話番号、代表者名、副社長、支配人、営業・技術・サービスの責任者の氏名の記載があり、MとかDの区分を書く。次が州別の業者分類で、いちばん多い会員を持つ州は太平洋岸のカリフォルニア州で66社、次がオハイオ州で56社、デトロイトを控えているからであろう。ユタとかネバダ、ニューメキシコなどの砂漠地帯は州内に1社しかない。密度の濃い地方はカリフォルニアの太平洋岸、デトロイト、シカゴを控えた五大湖地方、ニューヨークを中心とする大西洋岸、南部のテキサスである。大体、経済活動に比例しているようだ。
 次に営業品目別の分類がある。これは車体工業会が、社名を先にして製造品目を列挙しているのと逆である。先の13の車種分類は一切出てこなくて、トラックボデー&エクイップメント・トラック車体と装備、トレーラボデーセクション、エクイップメント・コンポーネンツ・パーツ・サプライズセクションの3つの分野に大分類され、それぞれアルファベット順に製造品目が出て、メーカー名が出る。社名を先に出して、製造品目を出している日本の車体工業会の方と比較して利用価値はどうであろうか。整理するのは面倒でも、両者を併用する方が利用価値は高いであろう。

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2014.06.26 02:02|「呉越会」
第5回呉越会 スイート氏ソーン氏        左・TBEA プレジデント B.C.スイート氏 と 右・マネージャー G.E.ソーン氏 

1978年(S53) 8月号 通巻127号
第5回 「呉越会セミナー 国際トラッキングショー 」 ⑩

5/24 もうひとつのワシントン事務所 その①
小規模業者をよく結集、アメリカ車体装備協会

予定していなかったTBEA訪問
 今回の米国視察で予期しない成果がいくつかあったが、中でもトラックボディ&エクイップメントアソシエーション(トラック車体・装備協会、以下TBEAと略称する)の訪問は、私自身にとって最大の収穫であった。

 日本を出発するとき、自動車団体を訪問する希望はあったのだが、日程にその余裕があるのか、それらの団体が何処にあって、誰に申し入れればいいのが、さっぱり見当がつかなかったのである。あとになって考えれば、何でもなかったことなのだが、予定したスケジュールがそのままスムーズにゆくかどうか、自信はなかったので、とてもそれ以外のことに気を配るゆとりはなかった。

 ロサンゼルス、サンフランシスコと順調に視察もすみ、シカゴに入って、予定した視察の成功の見通しも立った頃から特にその希望を持つようになった。シカゴで、ジェトロの小柳氏その他の方のお話を聞くうちに、アメリカの自動車工業会(以下MVMAと略称)の存在がはっきりしてきた。MVMAの所在地デトロイトでは半日のゆとりは取れそうなので、5月19日午後、MVMA本部を訪ねて取材、ここで沢山の資料を貰った。(5/19デトロイト参照)

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2014.06.23 02:05|「呉越会」
第5回呉越会 MAHERターミナル   写真左・広大な基地の中のMAHERターミナル  右・ヤードトラクタが大活躍する

1978年(S53) 8月号 通巻127号
第5回 「呉越会セミナー 国際トラッキングショー 」 ⑨
5/22 ニューヨーク外港
コンテナとシャシは一体
ヤードトラクタが大活躍 MAHER ターミナル

 ご案内いただいたのはMAHERターミナル副社長のロバート・O.ホルスター氏と、山下新日本汽船の西川益弘所長である。

 コンテナ船が繋留されていなくて、稼働している状況で見ることが出来ず残念であったが、日本と大きく異なるのは、コンテナを直置するのではなく、原則としてトレーラシャシに載せて引取りのある迄保管することである。シャシは、船社側が保有するので、運輸業者はトラクタで引っ張りにくればいいことになってる。
 そのため、ヤードトラクタが必要となり、ターミナル所有のヤードトラクタ65台が、コンテナ船入港時には大活躍する。積み重ねはしないので、スペースはそれだけ余計に必要となる。

 大西洋航路の豪華船や、沢山の貨物船で賑わったニューヨーク港のさびれ方はひどい。マンハッタンのハドソン河畔に櫛の歯のように作られた埠頭は碇泊する船もなく、崩れ落ちて朽ちるにまかせているものも多い。港として華やかなニューヨークが昔の姿を取り戻すことはあるまい。これに較べると横浜や神戸の方がはるかに活気がある。
 ニューヨーク港をさびれさせた原因のひとつはコンテナ船の就航である。コンテナ基地は土一升金一升のニューヨークを避けて、大西洋からニューヨーク港に入り、すぐ左手西側に入ったニュージャージー州のエリザベス市のニューワーク湾に面して作られたものだから、コンテナ船はマンハッタンや自由の女神像をはるか向こうに見て、左折してしまうのである。

 視察団が見学したのは、ニューワーク港、エリザベスマリンターミナルの中でも大きなスペースを占めるマハー、MAHERターミナルで、日本通運の手配による。



第5回呉越会 アムトラク 1978年  
左・ 視察団の乗ってきた列車。ワシントン駅で。  
右・ われわれの乗ったファーストクラスの中にあるビュッフェ。昼には行列ができる。

5/23 ニューヨーク―ワシントン
起死回生 鳴り物入りの鉄道
保線 信号が不十分でノロノロ  アムトラク Amtrak

 日本とアメリカの鉄道の違いは、日本が国有鉄道が主であり、アメリカはすべて私鉄であるという組織形態に関するものと、日本では旅客のウエイトは依然として高く、貨物は厖大な赤字を抱えてトラックに押しまくられているのに、アメリカは旅客が全体の1%程度と全く問題にならないのに較べて貨物はその扱いトンキロで、全体の40%近くを占めて、依然首位にあるという輸送内容の問題に関するものがある。
 この斜陽化した鉄道の旅客部門を見直そうという動きは1960年代に入ってから起こってきた。ひとつは、都市内の大量輸送用として、ひとつは人口集中の都市間の輸送機関として。そこには、モータリゼーションも行きつくところまで行きついて、都市内及びその周辺の交通渋滞が甚だしくなったこと、ひとつは省エネルギーを推進する見地からである。そこで、強力な政府の援助のもとに、鉄道旅客公社が作られ、私鉄16社が参加した。この公社の通称をアムトラックAmtrakというのが、鉄道にトラックの名をつけるところ、いかにもアメリカらしい。
 アムトラクは、大陸横断列車はじめ各地で走っているが、われわれが取材乗車したのは、ニューヨーク―ワシントン間の路線であった。
 まずスピードがのろい。時速平均90キロ、両都市間350キロ余りを4時間ちょっとかかった。これは、保線と信号状態が悪いのが原因らしい。乗客も多いとはいえず、各駅ともガランとして暗い。新幹線とは大変な違いである。
 自動車と飛行機に慣れきってしまった人達を鉄道に呼び戻すのは容易ではなさそうだった。
(つづく 次回は6月26日【木】 アメリカの車体装備協会)

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2014.06.19 04:08|「呉越会」
第5回呉越会 米国視察

1978年(S53) 8月号 通巻127号
第5回 「呉越会セミナー 国際トラッキングショー 」⑧
            TODCO社 その②

同社幹部となごやかな中食会
 ドア工場の見学を終えて、再びバスに乗り、同社の厚意で中食が提供されるケーエルレストランに向かう。途中、きれいな墓地があり、一隅に円柱を並べた記念堂がある。お国自慢はどこでも同じこと、同乗のヤング副社長がハーディング大統領はこの町の出身で、その記念堂だという。そういう大統領がいたかと思って調べてみると29代、第一次大戦の立役者ウイルソン28代大統領の後に就任した共和党出身だが、在任中病死している。歴代大統領の偉大さ番付表というのがあり、ヤング副社長には悪いが、ハーディングはその最末尾に位置していた。この調査の時にはニクソンが入っていないが、影の薄い大統領であったらしい。


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2014.06.16 02:26|「呉越会」
呉越会1978年 トドコ社
正面右から3人目がヤング副社長 写真右はわが国では見られないコンバータドーリ

1978年(S53) 8月号 通巻127号
第5回 「呉越会セミナー 国際トラッキングショー 」⑦

5/17 マリオン・トレッド
スライダードアのトップ
テールゲート その他多彩な製品
 TODCO社

意義のあったアメリカ農村部訪問

 ロサンゼルスを皮切りに大都市とその周辺ばかりを視察した一行にとって。トドコ社見学は異色ともいうべき農村の中の工場見学となった。当初、旅程立案の段階で、この工場をプランに含めるかどうか、悩んだところであった。シカゴからデトロイトに直行するのと比較して1日半か少なくとも1日の廻り道となる。
 その廻り道を敢えて選んだのは、オーバーヘッドドアの専業メーカーというものはわが国に存在せず、是非見ておきたいということもあったが、それにもまして、アメリカ社会で最も健康的な面を持っている農村地帯をじっくり、団員の皆さんに見て貰うのも大きな意義があると考えたからである。幸い、この農村部及び、アメリカの地方小都市、町の視察は団員に喜ばれた。恐らく、これまでこのような田舎の町を訪ねた団体はなかったであろう。トドコ社訪問は工場視察だけでなく、社会見学の面でも大きな効果があったことを喜んでいる。

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みなさんさようなら

2014.06.12 04:17|「呉越会」
1978年 ミックリーン部長増田

1978年(S53) 8月号 通巻127号
第5回 「呉越会セミナー 国際トラッキングショー 」⑥

PARTⅡ 関係団体と資料
5/19 デトロイト

 アメリカから帰国して1ヵ月余り、持ち帰った厖大な資料や、取材のテープなどの整理に日夜追いまくられて、やっとアメリカ自動車産業の片鱗のようなものが分かりかけてきたのであるから、視察旅行中の無智さ加減はどうしようもなかったのである。
 自動車の総本山アメリカの自動車工業会を訪ねて、何が聞き出せるか、第1向こうが相手にするのか、さっぱり自信はなかったし、当初の計画にも入ってはいなかった。

 自動車工業会(略称MVMA 以下略称で呼ぶ)を訪問しようという気を起こしたのはシカゴに着いてからである。シカゴの日本総領事館村田領事の好意で、アメリカの自動車産業についてのセミナーを日本情報文化センターで開いたとき、私はいろいろな資料を頂いたが、その中にMVMA Motor Vehiecle facts & Figures といういい資料があった。その翌日、押川昭氏のセミナーでこの資料が全員の約半数に当たる15冊が配布された。何としても全員にお渡ししたいので、どうしてもMVMAを訪問しなければならぬ。どうせ行くのなら何か話を聞いたり、その他の資料も手に入れてやれという厚かましい願望もあった。

 結果は、全員に手渡せるfacts & Figuresの提供も受けたし、2時間ほどの取材もでき、その他の沢山の資料も手に入れた。このおまけの資料の中に、自動車関連団体名簿というのがあり、この名簿の中からワシントンにあるトレーラ工業会、車体整備協会の存在を知り、訪問のきっかけを作ることができた。この点では全く予想以上の好結果を生み、この3団体への私の単独訪問がなかったら、私個人に限って言えば、米国視察の価値は半減したであろう。

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みなさんさようなら

2014.06.06 05:13|「呉越会」
S53年8月号photo 特装車とトレーラ ②
1978年(S53) 8月号 通巻127号
第5回 「呉越会セミナー 国際トラッキングショー 」⑤

見学/視察
5/12 サンフランシスコ  ピギーバック

鉄道+トレーラ 見事な結合
日本では投げてしまったようだが


 陸上フェリー、ピギーバックについては視察団の出発前の4月15日、説明会の時、流通システム開発センターの中田信哉主任研究員から鉄道とトラックの結合一貫輸送として解説があり、できれば見学するようにとの助言を受けた。
 そこで、当初の計画にはなかったのであるが、追加視察を日通の方に依頼しておいたところ、ピータービルト社からの帰途、オークランドで実現したものである。中田氏はやはり小荷物の巨大な集配業者UPSについても話をされていたが、このふたつをサンフランシスコで同じ日5月12日に見ることができた。その間にピータービルト社の見学があり、中食はバスの中で取るという慌ただしい1日で、当初予定の午前中は自由行動でのんびりするという計画は吹っ飛んでしまった。

 午前中から遅れてピータービルト社には遅参、もっとゆっくり視察したい工場であったのに、早々と切り上げねばならなかったし、ビギーバックの方も予定より遅れている。こんな日は昼ぐらい抜けばいいんだ、アメリカに遊びに来たわけではあるまいし、と私は怒っていたが、朝早く起きて原稿を書くクセはアメリカでも同じ事で、ピータービルト社を出てすぐ眠たくなり、そのままバスの中で熟睡してしまい、気がついてみたらバスは大きな操車場の中に止まっていた。団員の人にとってみれば、うるさい団長が眠り込んでくれたので、ホッとしたことであろう。

 ピギーバックとは6月号43ページに記事があるように、鉄道の台車にトレーラを乗せて輸送するというもので、ランドフェリーというように、船と鉄道の違いはあっても、車を別の輸送機関に乗せて、省力、省エネルギーの大量輸送をしようということの発想は同じである。フェリーとピギーバックの違いは、
① フェリーはトラック側の動力でロールオン、オフするが、ピギーバックは荷役機械によってリフトオン、オフする。(ロールオンオフも不可能ではないが非常に困難)
② フェリーは、特別なサイズを除いて殆どの車が載せられるが、ピギーバックは大体のサイズは決められている。

 このように見ると、コンテナの鉄道輸送に近いようだが、両者の違いはコンテナの場合、トレーラを用意するか、荷役機械でコンテナ置場まで運ばなければならない。アメリカのようにトラクタの個人持ちが多い国ではトレーラを別に用意しないでそのまま引っ張って走れる方がメリットがある。コンテナを移動させる為にはそれだけのスペースと時間を要する。列車を早くのがす為には荷役時間の短縮が必要で、ピギーバック方式はその点でも優れている。
 このサザンパシフィック鉄道の操車場はサンフランシスコの対岸、オークランドにあり、コンテナ埠頭と隣接している。ここに陸揚げされた海上コンテナは、鉄道、又はトレーラで米国内に運ばれるが、遠距離については鉄道のウエイトが高い。

 案内してくれたのは同社のシュワルツワルター支配人でバスの中に入って説明。

みなさんさようなら

2014.06.03 03:53|「呉越会」
1978年(S53) 8月号 通巻127号
第5回 「呉越会セミナー 国際トラッキングショー 」④

PARTⅠ 見学/視察 5/12 サンフランシスコ ピータービルト社

いい製品は高い 絶対的自信
オーダートラクタに独自の分野


ストのビラで仰天
 ピータービルト社は、すっかりお馴染みのメーカーであった。お馴染みというのは、会社を何度も訪ねているとか、誰彼をよく知っているとか、その製品を愛用しているとか、そういうものでは全くない。業界誌、専門誌の広告を通じてである。それもありきたりの広告ではなく殆ど、裏表紙のいちばん良い場所に、素晴らしいモデルとトラクタの絶妙の取り合わせの写真広告を提供し続けている。特に、バックの真紅と白のカーテンとモデルのドレスを同じ配色にし、濃いブルーのトラクタを配した写真は思わずウーンと唸らせられたものである。巨大なマシーンと美女がこれほど、ピッタリマッチするとは、業界誌を出版する者として、こういう広告を入れてみたいと以前から考えていたことであった。

 この冬は鉛色の暗い空と、雪の山をバックに青を基調としたトラクタと、これも青のドレスに毛皮の襟巻のモデルの写真が各誌を飾ったし、トラックショーで受け取った雑誌の裏表紙は、枝葉が垂れ下がった幻想的な樹木を背景にグリーンをきかしたトラクタ、モデルは体がスッポリ入ってしまう大きなマントかコートを着けている。全く心憎いデザインである。

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プロフィール

増田周作

Author:増田周作
(株)日新出版 創業者
月刊「特装車」「特装車とトレーラ」「NewTRUCK」編集発行人
「東京トラックショー」創立・主催者

大正15年8月30日生まれ 土佐出身
(H23年すい臓ガン、翌年肝臓ガン発病)
平成24年11月21日 肝不全で死去
       享年87歳

旧制中学1年1学期、上級生とのケンカで先方2名と共に退学になる。
大阪商科大学(現・大阪市立大学経済学部)卒業。土木従事、新聞社を脱サラ後、広告代理店経営。昭和44年43歳、東京でトラックの月刊誌発行を始める。
湯島聖堂「斯文会」名誉会員・後援会常任委員を務める。
「呉越会」「東京トラックショー」「増田周作のおはようコラム」「日新論語会」など、常に社会の木鐸(ぼくたく)でありたいと願った“いごっそう”であった。
伊与田覚学監は10歳年上の叔父。

【 これがほんとうのあとがき。43年のもの書きの、最後の後書になった。われながらよく書き続けたものだと思う。
「生涯現役」。もの書きとして生涯現役を貫いた喜び、これに勝るものはない。読者の皆様に最後の「わだち」をお送りしてお別れをしたい。今、私は至福の感をもって最後のわだちを書いている。みなさんさようなら   11月13日 】
 絶筆 H24年/12月号
「わだち=月刊 NewTRUCK 編集後記」

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