みなさんさようなら

2014.07.30 23:02|「東京トラックショー」
1988年11月号表紙
写真: '88トラックショーのために米から日本へやってきたFEV2000(11月号の表紙を飾った)と、フォード博物館のフルハーフ第一号トレーラ。

1988年(S63) 12月号
トラックショーものがたり その1
FEV2000 日本へ 思い切ったPR作戦 ①

渡米して特別展示車の折衝
 トラックのユーザーであるトラック事業者は案外、トラックについての関心が薄い。毎日のように、メーカーやディーラーのセールスマンが来て情報を伝えてくれる。問題は価格や支払い条件だ、というユーザーは結構多いのである。
 しかも、工場内に据え付けられる機械や装置と違って、それ自体が公道を走っているので何時でも見ることができる。お金と時間をかけてわざわざ遠くまで見に行くだろうか。
 トラックショーの主催者と、出品者がいちばん苦慮するのはこの点なのである。
(つづく)




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みなさんさようなら

2014.07.24 02:24|その他
2007年(H19)
日新出版パンフレットから 「ご挨拶

一隅を照らす日新出版でありたい

 日新出版37年の歩みは「一隅を照らす」活動であった、と言い切ることができます。
 比叡山延暦寺を興した伝教大師の言葉ですが、青年時代から師事した安岡正篤先生から叩き込まれて以来、常に念頭から離れずに、私の行動の根本になってきました。
 日新出版は、出版事業だけでなく、「呉越会」セミナーや「論語講座」他の人材育成部門、わが国唯一の「東京トラックショー」開催などのイベント事業、「TruckX」のインターネット部門、中国などとの国際交流活動など、一般の専門業界誌の枠を大きくはみ出した多彩な活動を展開中の、おそらく他に例を見ないユニークな小さな規模の出版社です。
 偶然によって、40歳を過ぎてから、単身無一文で大阪から上京、私は初めてトラックの世界に足を踏み入れました。そこで見たトラックの世界こそ、伝教大師、安岡正篤先生の「一隅を照らす」の教えを生涯かけて実践すべき分野であると決心して以来、現在までこの信念にいささかの疑念や揺らぎを覚えることなく、活動を続けてきました。
 若いときには、安岡先生門下として、人並みに天下国家を論じたこともありますが、その論議を実践するには、能力のあまりにも不足していることを実感した私が、運命によって導かれたトラックに「一隅を照らさねばならぬ」世界を見たのです。
 多彩に見える日新出版の活動ですが、それらはバラバラのものではなく、それぞれがトラックの一隅を照らす一灯の役割を果たして、より大きな物流の世界を照らす炉火になることを念願して、相互に関連を保ちながら発展してきたものです。
 日新出版を率いて来た私も80歳を過ぎました。出来上がったものは、想いの半ばにも至りませんでしたが、限られた能力と歳月では、満足すべき結果であったと言わざるを得ません。後は後人に託するのみですが、「一隅を照らす」精神は、たとえトラック以外の分野に進出することがあっても、継承されてゆくべきものであると確信します。

みなさんさようなら

2014.07.20 22:25|「今月の論語」
1994年(H6) 12月号
今月の論語

言葉と文章の大事さを噛みしめて
口先だけで人を動かすことはできない


 トラックショーの開場式が終わった直後、会場関係の方が、多くの展示会があるけれども主催者の挨拶として増田さんのは最高である、とお褒めの言葉を頂戴した。自分の言葉で喋っているからでしょうと答えておいたのだが、通常の展示会の場合、事務局で原稿を作って、会長はそのまま読むか、記憶していて喋るかする。中には報道関係者へのサービスのため事前に印刷しておいて配布するケースもある。
 業界団体のトップともなれば、展示会の運営は事務局まかせで、開場式にだけ出席して胸に大きな造花をつけ、挨拶なり祝辞を述べてテープカットするのが役割で、いちいち原稿など作ってはいられないのは当然だろう。

 ところがトラックショーの場合は、会長自身が出版社の社長といいながら、主筆のようなもので、トラックショーについての主要な文章はすべて書かねばならぬ役割を担っているのだから、重要な開場式の挨拶は自分自身の言葉で語るより他に方法はないのである。
 さらに、業界団体の主催する一般の展示会では、文章や言葉というのはそれ程の重さを持たない。業界団体の申し合わせ、約束ごとで運営しているから、極端な場合、通達のようなものでも用は足りる。
 しかし、トラックショーの場合は業界団体と一切の関係を持たないで、というより持てないでスタートしたものだから、言葉や文章による説得以外に取るべき手段はなかった。何しろ、実績もバックも何もないのだから、最初は文章というより、言葉によるマンツーマンの説得が主体で、ある程度の実績ができてからは文章で事が足りるようになった。

 それでも、トラックショーに関心を持つ人達を集めた説明会では、私自身の言葉で参加を呼びかけてきている。
 トラックショーは、そういう点では言葉や文章によって成立した展示会である、とも言えるが、出版社が主催する展示会はむしろこの方が常道ではないだろうか。

 しかし、言語、文章というのは、相手を説得してこちらの方に向けさせようとする余り、どうしても表現がオーバーになり勝ちだ。巧言とか文飾という形容があるが、実(じつ)のないものになり、口説(くぜつ・くぜち)の徒が舌先三寸で丸めるのはまだいいとしても、ひどい場合は詐欺にまで発展する。
 言語、文章はそういう危険性も持っているので孔子も『論語』の中で、実のない言葉、実行の伴わない言葉について戒めている。一番有名なのは「子曰ワク、君子ハ言ニ訥(とつ)ニシテ、行ニ敏ナラント欲ス。」(里仁第四)
 訥庵、敏行などの号や名前はここから生まれている。
 子張という弟子が、(思い通りに)行われるには(どのようにすればよろしいかと)孔子に質問した時に次のように答えている。
 「子曰ワク、言、忠信、行、篤敬ナレバ、蛮貊(ばんぱく)ノ邦ト雖モ行ワレン。言、忠信ナラズ、行、篤敬ナラザレバ、州里ト雖モ行ワレンヤ。……」(衛霊公第十五)
 つまり、言葉にまごころがあって、行いがねんごろであれば、野蛮な外国でさえ行われる。言葉にまごころがなく、行いもねんごろでないならば(国内の)町や村の中でさえ行われないのである、と説いている。

 一時的にうまく言いくるめても、相手を利用してやろうかなどの下心があったり、ねんごろな行いが伴わなければ、すぐ底が割れて、あいつの言うことは、と信用されなくなってしまう。言葉や文章はその人のまごころの発露でなければ人を動かせない。

みなさんさようなら

1975年(S50)7月号 第11巻第7号
あとがき

 元首相の佐藤さんが亡くなった。何しろえらい人なので、われわれ庶民とは遠い存在であるが、この2月、佐藤さんと席を同じくする機会があった。といっても、料亭でさしで談笑するという身分でもなし、私の所属する全国師友協会の安岡正篤会長の喜寿の祝が東京會舘で開催された席上である。この日、福田副総理を始め政財界の大物もずい分顔を見せていたが、佐藤さんはお祝いの言葉をユーモアを交えながら述べたあと、他の大物の人達がはやばやと退席したあともずっとパーティの席に残って誰彼となく談笑していた。ずい分、律儀によくつとめる人だなァと感心したが、倒れた日も、ある会で講演して、パーティをつとめ、夜の会合に出席した矢先のことであったらしい。

 ところが、この喜寿の祝で、乾杯の音頭を取った某氏が、その言葉が終わるか終わらないうちに、ぶっ倒れるという椿事が出来した。某氏は佐藤さんのような超心臓の持主でなかったとみえて、殆ど即死の状態だったが、佐藤さんはあのギョロリとした目をいっそう見ひらいてこの状況を凝視していた。それから3ヵ月後、ご本人に同じような運命が見舞おうとは、文字通り神ならぬ身の知る由もなかったであろうが、私にはこの時の佐藤さんの顔が強く印象づけられたものである。

 昨年、ノーベル賞受賞式典に寛子夫人と出席のため訪欧したあと、この4月には台湾の蒋介石総統の葬儀に台北へ飛んでいる。佐藤さんの総理の時は敵視政策を取り続け、田中政権が誕生するのを待っていたかのように中国側は手を差し伸べてきたのであるが、その結果として、日本は台湾との友誼関係を失った。佐藤さんの蒋総統葬儀出席は、日本が台湾、特に蒋総統に対して抱いている後ろめたさのようなものに対するお詫びのしるしであったのだろう。
 佐藤さんに対する評価はさまざまである。しかし誠実さ、道義を重んじる、という政治家として必要な資質は十分に備えていたと思われる。そのことは実兄の岸信介、田中角栄の元、前首相と比較すれば瞭然である。首相を辞めてから面白い味が出てきただけに、急死は惜しまれるが、位人臣を極め、ノーベル賞も貰って、まずは稀に見る運の強い、幸福な一生を送った人であったといえよう。

 池上の本門寺で亡妹の一周忌にお経を上げて頂いた。この小高い丘にある寺は、したたるような緑に包まれて、ここまでは都会の騒音も届かない。広い本堂で妻と二人、静かに僧の読経を聞く。その合間に「カーン、カーン」と打ち鳴らす磬(けい)の音が腸(はらわた)にしみわたる。
 時間があったので、墓地を散策した。世にあっては時めいた人、無名のまま終わった人、長生した人、短命の人、それらを包み込んで静まり返った墓地の雰囲気が私は好きである。

みなさんさようなら

2014.07.14 03:22|「呉越会」
1978年5月 呉越会 NY

1978年(S53) 8月号 通巻127号
第5回 「呉越会セミナー 国際トラッキングショー 」 終わり

轍 (わだち・周作が命名した月刊誌の後書き)
 アメリカの夜の町はこわいですヨ、ひとりで出たら生命の保証はできません、どの都市でもガイド兼通訳は必ずこう言う。だから私が安全に案内して上げます、という口車に乗せられて、あやしげなポルノ映画とショーを見に、連れてゆかれたごく少数の人達があったと聞く。
 恐ろしいアメリカでもいちばん恐いというデトロイトで、明日はA班が帰国するという前夜、ブラリとホテルを出て歩いてみる。



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みなさんさようなら

2014.07.10 05:08|「手紙」
絵はがき 1978年米
絵はがき 1978年呉越会
アメリカから高知の祖父へ送った絵ハガキ。祖父と同居していた叔母が父からの便りを大事にしていたようで、2008年に亡くなった叔母の遺品になったこれらを、父は缶に入れて書庫に保管してあった。下の毛筆の手紙は、初めて渡米する父に餞別を贈ってきたらしい同じ叔母(叔母は4人いる)への礼状で、この呉越会の翌年9月、祖父は亡くなった。(妙)

1978年(S53) 8月号 通巻127号
第5回 「呉越会セミナー 国際トラッキングショー 」 ⑭

米国自動車産業視察団 旅程&参加企業名

5月8日(月) 東京発 ロサンゼルス着 市内見学
  9日(火) 午前中 チャレンジクックブラザーズ社視察
        午後 日通ロサンゼルス支店他視察
  10日(水) 空路 サンフランシスコ到着
        午後 国際トラッキングショー表敬訪問
  11日(木) 終日 国際トラッキングショー視察
  12日(金) 午前中 U.P.S視察 団長、副団長はトラッキングショー委員長訪問        
         午後 ピータービルト社及びピギーバック現場視察
  13日(土) 市内見学
  14日(日) 空路 シカゴ到着
  15日(月) 午前中 ヘンドリクソン社視察
        午後 日本情報文化センターでセミナー 
        (講師/ジェトロ・小柳武昭氏 日本機械部品要素事務所主席部長・田村忠男氏 領事・村田 達氏)
  16日(火) 朝 ジャパンアメリカオートモーティブシステム社長・押川昭氏講演
        午後 空路 コロンバス到着
  17日(水) マリオンのトドコ社及びトレッドのトドコ社テールゲート工場を視察 バスでデトロイト
  18日(木) 午前中 GMCトラック工場視察
         午後 フォード博物館視察
  19日(金) 朝 A班帰国 B班自由研修
         団長はアメリカ自動車工業会訪問
  20日(土) 空路 カナダのトロント到着 ウェランド運河を視察してナイアガラ到着
  21日(日) バッファローより空路ニューヨーク到着
  22日(月) 午前中 コンテナヤード視察 午後市内見学
        団長は総領事館に高橋大使訪問
  23日(火) アムトラク鉄道でワシントン到着
        団長は日本自動車工業会アメリカ事務所訪問
  24日(水) スミソニアン博物館他 視察
        団長はトレーラ工業会及び車体装備協会訪問
  25日(木) 空路 ロサンゼルスを経てホノルル到着
  26日(金) ホノルル発
5月27日(土) 午後 成田空港到着


団長  自動車車体通信社社長 増田周作
副団長 浜名自動車工業(株)社長 田村慎一氏 (以下 あいうえお順)

(株)安斉車体製作所 いすゞ自動車(株) いすゞ特装開発(株) 関東美川ボデー(株) (株)北村製作所 極東開発工業(株) 群馬車体(株) 小平産業(株) 金剛自工(株) 三和シヤッター工業(株) 自動車精工(株) 新明和工業(株)川西モーターサービス (株)東光冷熱エンジニアリング 東洋サーモコントロール(株) トヨタ自動車販売(株) トヨタ車体(株) 名古屋ボデー(株) 日通商事(株) (株)日通総合研究所 日本通運(株) 日本電装(株) 不二自動車工業(株) フジタ自動車工業(株) 北海道車体工業(株) 丸文(株) 三菱アルミニウム(株) 武蔵野金属(株) (株)矢野特殊自動車製作所

礼状 1978年呉越会
“昨日は有難うございました。一生懸命働いたお金と思うと、勿体なく心苦しいのですが、折角の志ですから有難く頂戴しておきます。団員の名簿を入れておきましたので、全員が無事帰国でき(る)ようお祈りしてほしいと父に言って下さい。母の写真も一緒にアメリカへゆきます。 草々  兄”
 

みなさんさようなら

2014.07.07 06:38|「呉越会」
1978年(S53) 8月号 通巻127号
第5回 「呉越会セミナー 国際トラッキングショー 」 ⑬

米国自動車産業特別号発行に当たって
他山の石 わが玉を磨くべし

 先月号でもお知らせしたとおり、本誌主催の米国自動車産業視察団は5月8日から27日まで、米国各地を精力的に視察して、多大の成果を収め無事帰国した。

 シャシ、車体メーカーを主体としたグループだったが、日通グループ、整備業者、それに本誌のようなジャーナリズムも加わった視察団は初めてのことで、単一構成の団体では見られない総合的な見地からアメリカを視察することができた。

 本誌は情報産業に従事する立場から、その成果を読者にお伝えする義務を持つ。国際化時代、どのような業界であれ、海の外の事情に目をふさいだ狭い視野だけで、事業の遂行は出来なくなっている。まして、自動車産業は乗用車に代表されるように、最も国際的な商品である。乗用車については、輸出の関係から現地に出先機関を持ち、情報収集に努めているが、トラック、特に大型トラックやトレーラについての海外の総合的な情報はまことに乏しい。
 なぜ、トラックについての情報に不足しているか、本来それに当たるべき筈の、業界団体や、私達のようなジャーナリストがその機能を十分に発揮していないからである。自動車工業会や車体工業会にどれだけのトラックについての海外情報が集められているか。…

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みなさんさようなら

2014.07.03 02:12|「呉越会」
★ 下記の文中、通常は「生き延びる」と書くところ、父は「生き伸びる」と漢字表現している。実見したアメリカのニュアンスを伝えたくて、この「伸びる」を使ったものと思われる。(妙)

1978年(S53) 8月号 通巻127号
第5回 「呉越会セミナー 国際トラッキングショー 」 ⑫

PARTⅡ 関係団体と資料
5/24 ワシントン

大地震に生き伸びた業界
適応力と革新能力を強調
   アメリカ トレーラ工業会

年次総会で事務局幹部は不在
 アメリカのトラックトレーラマニュファクチャーズアソシエーション(TTMA 以下略称を使用)では5月19日から23日までフロリダのパームビーチで、36回年次総会を開催した。

 私がワシントンを訪問する前、22日にニューヨークからTTMAに電話連絡した時はこの総会に事務局全員が出払っていて、留守番のアルバイトしかいなかった。それでも、お越しになれば資料は差し上げますということなので、24日TBEA(車体装備協会)を訪問する前、ワシントン、ペンシルバニア通りのTTMA事務局を訪ねた。アルバイトが、午後遅くには事務局の責任者は帰ってくる筈ですが、といいながら会員名簿を渡してくれた。これからTBEAにゆくから、もし帰られたらそちらへお電話下さいと伝言しておいたのだが、TBEAで取材中、TTMAから電話が入って、毎月出す資料が欲しいのなら送るが、送料は負担してほしいという。それでいいから送ってくれと返事しておいたところ、帰国後暫くして、BULLETIN(定期報告書)という印刷物が送られてきた。5月19日から開催された36回年次総会の特別号で新旧のチェアマンの交代写真、何れもデップリ肥った恰幅のいいワイフと一緒の写真など、華やかな雰囲気を伝えていた。
 一般的な事務報告の他、講演会の記録なども入っており、最近のアメリカトレーラ業界の動きについて、最新の情報が盛り込まれているようなのだが、翻訳の時間もなく、それらは次号以降のこととして、受け取った資料からTTMAの組織などについて紹介することにする。

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プロフィール

増田周作

Author:増田周作
(株)日新出版 創業者
月刊「特装車」「特装車とトレーラ」「NewTRUCK」編集発行人
「東京トラックショー」創立・主催者

大正15年8月30日生まれ 土佐出身
(H23年すい臓ガン、翌年肝臓ガン発病)
平成24年11月21日 肝不全で死去
       享年87歳

旧制中学1年1学期、上級生とのケンカで先方2名と共に退学になる。
大阪商科大学(現・大阪市立大学経済学部)卒業。土木従事、新聞社を脱サラ後、広告代理店経営。昭和44年43歳、東京でトラックの月刊誌発行を始める。
湯島聖堂「斯文会」名誉会員・後援会常任委員を務める。
「呉越会」「東京トラックショー」「増田周作のおはようコラム」「日新論語会」など、常に社会の木鐸(ぼくたく)でありたいと願った“いごっそう”であった。
伊与田覚学監は10歳年上の叔父。

【 これがほんとうのあとがき。43年のもの書きの、最後の後書になった。われながらよく書き続けたものだと思う。
「生涯現役」。もの書きとして生涯現役を貫いた喜び、これに勝るものはない。読者の皆様に最後の「わだち」をお送りしてお別れをしたい。今、私は至福の感をもって最後のわだちを書いている。みなさんさようなら   11月13日 】
 絶筆 H24年/12月号
「わだち=月刊 NewTRUCK 編集後記」

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