みなさん さようなら

2008年08月30日
今日82歳の誕生日 孔子の老い方に学びたい

 今日8月30日は、第82回の誕生日である。
 80歳過ぎまで生きていようとは、若い時分には考えたこともなかったが、いつの間にかこの年まで来てしまったというのが正直な感想で、その他に特に感慨はない。
 何しろ節とか区切りなどがまったくなくて、毎日同じ生活が延々と続いているのだから、年をとったという実感が伴わないのは当然かも知れない。

 孔子は、当時としては長命の73歳で死んだ。論語の中に、病気をして重態になって、弟子の子路がご祈祷をしましょう、と言った時に、私は何時も(自分の行いが天の意志に叶っているか)祈っているよ、と答えている。
 老いを自覚することもあって、「この頃、私の衰えも甚だしいものだなあ、(理想の人物として尊敬してやまない)周公の夢を、長い間見なくなったよ」と嘆いてもいる。


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みなさん さようなら

1974年(S49) 「特装車とトレーラ」 8月号

一筋のみち
―通運、荷役の機械化に取り組んで―
平原 直著「荷役現場を守る人々」 

仲仕はかなしいもの
 平原さんは、筆者との対談のとき沖仲仕(おきなかし)などの荷役に従事する人達のことを「これほどかなしいものはありません」と表現した。かなしいとは、悲しい、哀しい、愛しいとも書く。ただ黙々と荷をかつぎ、運搬することを、己れの天職と心得て疑わず働く人々は、気の毒で、悲しく、哀れで、一面いとしく可愛いものである。「これほどかなしいものはありません」という平原さんの言葉は、つぶさに荷役現場を調査し、その実態にふれた人の現場の人々に対する人間味溢れるきわめて適切な表現である。これ以外の言葉を見つけることは難しい。
 悲母という言葉がある。母は子供に対して、限りない愛情を注ぐ、いとしくていとしくてたまらない。そういう感情の極限は悲しいもので遠くにある子供のことを思って涙する。悲母は慈母でもあり、明治の有名な画家の作品に「悲母観音」があったと記憶する。

 しかし、平原さんは、かなしい目を荷役の人々に注ぐだけで、それに溺れることをせず、その中から少しでも、合理的に、労働を軽減する方法を見つけ出していくことを使命と感じるようになる。つまり、荷役の合理化、機械化である。これは、ともすれば感情に溺れそうになる母と違って冷静に理性的に子供を見つめようとする父の目である。

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みなさん さようなら

2002年8月26日(月)

長期戦略や人材育成では幕末に遙かに劣る現代の日本

 現在の企業はコスト削減と称して、広告費購読料を真っ先に槍玉に揚げる。我が社などその被害をまともに受けているが、江戸時代から明治初年にかけては飯が食えなくても、文化教養は大切にした。財政ピンチだった幕府が、大金をはたいてパリ万博に使節団を送り派手な宣伝をしたのもその例で、崩壊した幕府が残した人材がいなければその後の日本の発展はあり得なかった。ところが、現在の企業は大切な人材を食いつぶしている。
 とにもかくにも、企業の存続が重要で、年功序列方式の打破だ、リストラだ、成果主義の導入だと、長期的な人材育成などを考える余裕はないという考え方が企業に蔓延している。しかし、その短絡的な考え方が、企業そのものの永続性を危うくして、国家的にも大きなマイナスを生じていることに、トップは気がつかない。そして、日本の国自体をだんだん悪い方向に向かわせるお手伝いをしているのである。
 社会制度が殆ど固定していた江戸時代に、かえって長期的視野に立った経営戦略と人材育成の観点があり、現在はそれが欠けて来ているのは皮肉な話だが、このままでは江戸幕府や薩摩長州などの諸藩が残した遺産の何分の一も後世に残すことはできないだろう。

みなさん さようなら

大歩危(おおぼけ)駅付近 土讃線「南風」車窓から見えたスーパーの看板 
列車は四国三郎「吉野川」が流れる崖上を走る (2014/‎11‎/‎13‎ 妙) 
大歩危駅 スーパー 3524

1974年(S49) 「特装車とトレーラ」 8月号

 取材旅行で雨にあうのは辛いものでどうにも意気が上がらない。東京なら晴耕雨読としゃれこんで、雨音を聞きながら家で原稿書きが出来るのだが、スケジュールが決まっているからには、取材先にも迷惑をかけることになるので、強行することになる。

 昨年は空ツユといわれた反動からか、今年はよく降った。取材の時は辛いが、列車の窓からは普段は見られない雨の風景などが眺められて、これはこれで楽しいものである。
 四国の高松から高知へ四国山地を横断する土讃線で越えたときもひどい吹き降りだった。この線路は大歩危、小歩危(おおぼけ、こぼけ)という名のとおり歩くのにも危ないといわれる渓谷に沿って線路が走り、両岸には高い山が連なっている。その深緑の山肌をサアーッと刷毛ではいたような白い雨足が斜めに通り過ぎてゆく。あちらこちらの岩肌には、雨水が滝のようになって谷川に注いでいる。
 荒々しいが、雄渾(ゆうこん)な墨絵をいるような風景を楽しむことができたのは、雨のおかげである。
 
いい気持ちになってうつらうつらしていると、窓にたたきつける雨足の音にハッと目を覚ます。西行だったかに好きな歌がある。

   年たけて また越ゆべしと 思いひきや
    命(いのち)なりけり 小夜の中山

 人生を旅とみるのは芭蕉の奥の細道の文章を借らずとも、実感として迫るものがある。山あり、谷あり、晴れた日、雨の日、嵐の日。行きかう人も、また再び会うのはまれである。
 さすらい、漂白の旅路といえば、何かしらロマンチックな響きがするが、むしろ、苦しきことのみが多い辛い旅路であろう。

 いまは旅がラクになった。7月号のCBトラックの表紙を撮りに長野、松本へ行ったついでに、翌日上高地から乗鞍岳へ車で回った。3千メートルの高山へ車が上がる、若い人達のスキーを楽しむ風景が見られた。

 それだけに、昔の旅人(たびびと)の味わった苦しみや喜びを、現代人は到底知ることは出来ない。
 従って旅の文学もまた、いいものが少なくなってしまった。目的地まで、すうっと、飛行機や鉄道、自動車で快適に直行してしまい、冷暖房完備のホテルに宿泊して、コールドチェーン普及のお陰で大都市と同じメニューが、全国どこでも食べられる、とあっては、旅の文学など、生まれよう筈がない。

 人生の旅路もまた、交通公社の何やらパックのセット旅行のように、何もかも組み込まれてしまっているようなのが多くなったようだ。安易といえばこれほど安易なことはないが、人生もまたセット旅行なみ、というのでは余りにもわびしかろう。

 10年ひとむかし、という。筆者がそれまで勤めていた新聞社を辞めて、あてどもない旅路にさまよい出してこの7月でちょうど10年になる。この特装車という月刊誌を前任者から引き継いだのが44年の7月だから、これもまた5年を過ぎた。…

 毒をくらわば皿まで、どうせパック旅行の団体サンのような人生は送れる筈もない。丁(ちょう)と出るか、半と出るか、運を天にまかせた人生双六(すごろく)はこれからも続くだろう。と書くと何やら股旅小説じみてきた。


みなさん さようなら

2010年08月13日
信じられない。親の生死を知らない子がいること。

 今日は「お盆の入り」。高速道路や新幹線は、帰省のクルマや乗客でラッシュ状態になるだろう。郷里に帰ればご先祖さまのお墓参り、この習慣だけは消えないように祈っている。だが、帰省もしない、家には仏壇もない、家族親族とも音信なしの一人暮らしの人間が多くなると、親が生きているのか死んでいるのか分からない場合も出てくるだろう。
 孤独な老人が身寄りもない、身元も分からないでひっそりと死んだ場合、無縁仏として処理されたとしたら、120歳くらいまで生きていることになる。
 同居していた老人が死んだのをそのままにしていた、という鬼気迫る実話まである始末だから、生死不明の100歳を超える高齢者が続々出てくるのも、当然かもしれない。

 生死不明の高齢者がいるのは行政の怠慢だ、と書いていたマスコミがある。これは行政の問題ではないと思う。親子兄弟夫婦の間柄は人間が社会生活を営んでゆく場合の基本で、近隣、職場、友人などの関係はその基本から発生してゆくものである。

 父は朝晩、仏壇の前で読経の後、先祖の俗名戒名をすべて唱えていて、私もそれを踏襲している。親の生死を知らないという子がいるのが、私には不思議でならない。

みなさん さようなら

2010年8月9日
取材最高齢満95歳 星野精助さんの元気ぶり

 お会いするオーナー経営者の年齢は、50歳代から70歳代まで様々である。経営者としてアブラが乗り切っていると感じるのは60歳代の方で、一般の企業社長では、リタイアする年齢がこの年代に集中していて、経営者として惜しい人材を失っていると思わざるを得ない。中には、年功序列で繰り上がっただけの社長がいるのも事実だが、その人物鑑定を誰がするか、これが難しいところで、十把ひとからげの人事が行われるのだろう。
 『日本のトラックに元気を!』群馬県の巻で、1915年生まれ、満95歳の星野精助さんにお会いした。もちろんこれまでの取材応対者の中では、飛びきりの最高齢である。
 星野物産という製粉・物流・めん類など食品加工など傘下に、10数社を持つ複合企業の現在は息子さんに譲っているが、近年までその総帥であり、現在も毎日出社している。

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みなさん さようなら

2004年8月7日
経済的には緊密でありながら感情的にはきわめて悪い日中 必要な「徳」谷野元大使の話

 元中国大使の谷野作太郎氏に、7月19日開催の湯島聖堂の文化講演会でお話を聴く機会があった。谷野氏は、「中国に対してもモノを言える外交官」として知られているようだが、江沢民ほか、中国のトップと親しくしていたというだけあって、かなり穿ったお話を聴くことができた。

 改革・開放政策の一層の発展で、2020年にはGDPを2000年の4倍にするという急成長路線の一方で、都市と農村の貧富の差(可処分所得では3分の1程度)、中国全土の砂漠化の急速の拡大(2000年で27%)、黄河が河口から1000㎞に渡って年間226日も断水して北京は深刻な水不足に襲われて首都移転も話題に、世界で大気汚染がもっとも深刻な10都市のうち中国が7カ所も占めるなど、隣国日本にとっても看過できないほどの環境悪化がある。その他、様々な歪み矛盾をはらみながら中国は一党独裁から親民政策、つまり政治の透明性を高めようとしているのは事実だと指摘している。

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みなさん さようなら

書斎前
               この庭を前に毎朝、ケヤキの机にパソコンを置いて原稿を作っていた

2006年7月14日
しないと決めたことを守ることの大切さ 

 この時期、しばらく放っておくと、小さな庭でも草が茫々と生える。8日の土曜日夕刻、孫達も含めた家族を動員して、一斉に草むしりをした。

 翌日曜日、揃って我が家で夕食を摂った時、孫に「今晩のお酒は特に美味しい。なぜだか分かるか」と聞くと、返事がない。「お祖父さんが、本当に冷たいビールか、ウイスキーのオンザロックが欲しかったのは、汗びっしょりになった夕べの草取りの後だった。ところが、お祖父さんは土曜日にはお酒を飲まないことにしているから辛抱した。それで、今晩の酒は特別に美味いんだ。人間は、何々をしなければならない、良い大学に入学しなければならないとか、しなければならないことをよく言うが、しないと決めたことを守ることの方も劣らずに大事だ。白虎隊が勉強した会津日新館の子供への教えに『ならぬことはならぬものです』という項目がある。」と、美味い酒を飲みながら話した。

 現在の家庭教育は、勉強せよ、有名大学に入れ、医者になれなどはよく言うが、これをしては人間の道に外れる、欲望を抑える、などの必要性については余り言わない。極端な成果主義は、社会そのものを誤る原因にもなるが、子供の場合も注意する必要がある。


みなさん さようなら

★ 下: 横路美亀雄氏が発行した 「著作権侵害」  の「NewTRUCK」奥付(おくづけ)部分 
他にも不正競争防止法に違反している  「呉越会」「東京トラックショー」 
法人は罰則が重いのを知らないのでしょうか ?!

横路本 7月号 奥付

日新企画(現・日新)/横路氏発行の本は、日新出版が依頼していた執筆者の原稿(原稿料お支払いは日新出版)を盗用し、勝手に「編集代行人」となって、土屋氏と私の名前も無断で掲載しています。

下(続きを読む)が、日新出版の7月号奥付です。ご覧の通り、当時、日新企画は日新出版内に机を置いており、購読者名簿も、日新出版が貸していたパソコンも横路氏が持ち出した結果、購読者や書店には大変なご迷惑をかけてしまいました。申し訳ありません。彼は、「月刊NewTRUCK」の購読者を引き継いだと勝手に広言しているのです。(妙)

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プロフィール

増田周作

Author:増田周作
(株)日新出版 創業者
月刊「特装車」「特装車とトレーラ」「NewTRUCK」編集発行人
「東京トラックショー」創立・主催者

大正15年8月30日生まれ 土佐出身
(H23年すい臓ガン、翌年肝臓ガン発病)
平成24年11月21日 肝不全で死去
       享年87歳

旧制中学1年1学期、上級生とのケンカで先方2名と共に退学になる。
大阪商科大学(現・大阪市立大学経済学部)卒業。土木従事、新聞社を脱サラ後、広告代理店経営。昭和44年43歳、東京でトラックの月刊誌発行を始める。
湯島聖堂「斯文会」名誉会員・後援会常任委員を務める。
「呉越会」「東京トラックショー」「増田周作のおはようコラム」「日新論語会」など、常に社会の木鐸(ぼくたく)でありたいと願った“いごっそう”であった。
伊与田覚学監は10歳年上の叔父。

【 これがほんとうのあとがき。43年のもの書きの、最後の後書になった。われながらよく書き続けたものだと思う。
「生涯現役」。もの書きとして生涯現役を貫いた喜び、これに勝るものはない。読者の皆様に最後の「わだち」をお送りしてお別れをしたい。今、私は至福の感をもって最後のわだちを書いている。みなさんさようなら   11月13日 】
 絶筆 H24年/12月号
「わだち=月刊 NewTRUCK 編集後記」

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