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みなさん さようなら

2003年3月14日(金)
楽しみな『諸君!』連載の藩校歴訪「捜魂記」シリーズ

 文藝春秋発行の月刊誌『諸君!』は、相当に過激な内容で、特に朝日新聞の論旨に対する糾弾の姿勢には凄い迫力がある。長い目で見ると、北朝鮮を擁護してきたような朝日の論旨は完全に方向が間違っていることが判明するのだが、それには時間がかかる。

 その『諸君!』3月号から連載シリーズ「捜魂記」が始まった。なにやらオカルトじみたテーマである。この場合の「魂」とは、かつて日本人が持っていながら、教育現場から失われてしまった「志魂」を著者は想定しているようで、その「魂」は、具体的には各地の藩校での儒教教育によって培われたものだとして、その藩校を執筆者の中村彰彦氏が歴訪するというシリーズなのである。中村氏は第111回直木賞受賞の『二つの山河』など、戦国から幕末への時代小説を多く出版した作家だ。

 戦前の教育の基本を形作っていた「教育勅語」を、封建的であるとして葬り去ってから以後、教育現場では中途半端な道徳教育が続いた。その結果が教育の荒廃を招いたことは多くの識者が指摘するところだが、旧藩校の教育方法に学ぼうという機運はいまだ興ってこない。
 藩校の教育について私も強い関心を持っており、連載を楽しみにしている。


2003年3月17日(月)
ならぬことはならぬものです 会津「日新館」の教え

 月刊誌『諸君!』に連載の中村彰彦氏執筆の「捜魂記」4月号は、会津「日新館」である。元の「日新館」は会津落城の時に焼失して、現在の「日新館」は当時とは別の場所に、完全復元したものである。日本三大藩校の随一に数えられた「日新館」は、その規模が大きいだけでなく、数学・天文・医学・音楽・茶道などの教科もあり、プールまで備わった総合大学だった。

 復元「日新館」の開校式は昭和62年3月31日、磐梯降ろしの寒風が吹き付ける大変な寒さの中、古式による舞楽や講演会が行われて、寒さに震え上がったことを記憶している。

 白虎隊の若者も、この「日新館」で学んだ。その教えに、弱いものをいじめてはなりませぬ、卑怯な振る舞いをしてはなりませぬ、戸外で物を食べてはなりませぬ、などがあって、最後に、“ならぬことはならぬものです”と念を押している。今の若者に一番欠けるのは、してはいけないことの分別がつかないことである。

 中村氏は、会津市立日新小学校で、創立50周年の記念講演をした。一般の聴衆と一緒に4年生以上の児童が1時間半の話を最後まで熱心に聴いた、さすが日新館の伝統が現在に生きている、と中村氏は書いている。1時間半、子供が話を熱心に聴いたとは驚きだ。


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プロフィール

増田周作

Author:増田周作
(株)日新出版 創業者
月刊「特装車」「特装車とトレーラ」「NewTRUCK」編集発行人
「東京トラックショー」創立・主催者

大正15年8月30日生まれ 土佐出身
(H23年すい臓ガン、翌年肝臓ガン発病)
平成24年11月21日 肝不全で死去
       享年87歳

旧制中学1年1学期、上級生とのケンカで先方2名と共に退学処分。
15歳で安岡正篤先生門下に入る。
大阪商科大学(現・大阪市立大学経済学部)卒業。土木従事、新聞社を脱サラ後、広告代理店経営。昭和44年43歳、東京でトラックの月刊誌発行を始める。
湯島聖堂「斯文会」名誉会員・後援会常任委員を務める。
「呉越会」「東京トラックショー」「増田周作のおはようコラム」「日新論語会」など、常に社会の木鐸(ぼくたく)でありたいと願った“いごっそう”であった。
伊与田覚学監は10歳年上の叔父。

【 これがほんとうのあとがき。43年のもの書きの、最後の後書になった。われながらよく書き続けたものだと思う。
「生涯現役」。もの書きとして生涯現役を貫いた喜び、これに勝るものはない。読者の皆様に最後の「わだち」をお送りしてお別れをしたい。今、私は至福の感をもって最後のわだちを書いている。
 みなさん さようなら  11月13日 】
絶筆 H24年/12月号
「わだち=月刊 NewTRUCK 編集後記」

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