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みなさん さようなら

おはようコラム 2003年(H15)5月14日(水)

善通寺兵営での終戦 石垣で有名な丸亀城


 金比羅さんから善通寺は近い。弘法大師誕生の寺として有名で、その頃は海岸であったらしい。境内は広く、日曜市が立ったりするし、庶民の憩いの場でもある。五重塔があって2階まで上れるというので、初めて転げ落ちそうな階段をよじ登った。天守閣とは違って狭い場所なので、昔の消防署の監視塔の階段みたいなものである。

善通寺 2003年
(2003年 撮影)

 善通寺は、第11師団が置かれていた町で、かつては寺と兵営が町のほとんどを占めていた。大東亜戦争末期、私はこの町の兵営に入隊したのだが、○○連隊の跡という碑があちこちにあるだけで、当時の面影はまったくない。ここに強者どもの集団があったということも人々の記憶からもう消えてしまったのだろう。昭和20年8月15日正午、照りつける太陽の下の営庭で、終戦の詔勅を聞いたのは19歳。58年前である。

 高松空港7時発の東京行きにはまだ間がある。丸亀で下車して駅から見える丸亀城天守閣まで登ったが、この坂道も結構急だった。天守閣そのものは小さな櫓みたいだが、瀬戸大橋が見通せてなかなかの景観である。丸亀城は石垣が有名らしく、私がこれまで見た城では熊本城に勝るとも劣らぬ石組みで、小藩には勿体ないほどだった。

丸亀城 2003年



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プロフィール

増田周作

Author:増田周作
(株)日新出版 創業者
月刊「特装車」「特装車とトレーラ」「NewTRUCK」編集発行人
「東京トラックショー」創立・主催者

大正15年8月30日生まれ 土佐出身
(H23年すい臓ガン、翌年肝臓ガン発病)
平成24年11月21日 肝不全で死去
       享年87歳

旧制中学1年1学期、上級生とのケンカで先方2名と共に退学処分。
15歳で安岡正篤先生門下に入る。
大阪商科大学(現・大阪市立大学経済学部)卒業。土木従事、新聞社を脱サラ後、広告代理店経営。昭和44年43歳、東京でトラックの月刊誌発行を始める。
湯島聖堂「斯文会」名誉会員・後援会常任委員を務める。
「呉越会」「東京トラックショー」「増田周作のおはようコラム」「日新論語会」など、常に社会の木鐸(ぼくたく)でありたいと願った“いごっそう”であった。
伊与田覚学監は10歳年上の叔父。

【 これがほんとうのあとがき。43年のもの書きの、最後の後書になった。われながらよく書き続けたものだと思う。
「生涯現役」。もの書きとして生涯現役を貫いた喜び、これに勝るものはない。読者の皆様に最後の「わだち」をお送りしてお別れをしたい。今、私は至福の感をもって最後のわだちを書いている。
 みなさん さようなら  11月13日 】
絶筆 H24年/12月号
「わだち=月刊 NewTRUCK 編集後記」

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