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みなさん さようなら

2018.06.14 06:00|その他月刊誌記事
1992年(H4) 月刊「NewTRUCK」 5月号

忙しいと言ってはならぬ ②
佐藤一斎(いっさい)


 一斎の主著『言志四録』はその名の通り、4部から成る。
 42歳から52歳にかけて『言志録』、57歳から66歳までに『言志後録』、67歳から78歳までに『言志晩録』、80歳から82歳にかけてが『言志耋(てつ)録』、前後実に40年にわたる読書録・感想文で、一斎の人と学問がこの中に凝縮している。

 現代もこの『言志四録』は脈々と生きていて信奉者は多い。東京電機大学の学長だった川上正光氏は詳細な訳注を試みて講談社学術書文庫から出版され、私も直接にお話をお聞きしたことがある。
 今年の2月、湯島聖堂で山崎道夫先生から紹介されたのが、鈴木恭一氏の『佐藤一斎に観る理想の指導者・人間像』(日経事業出版社)で、著者鈴木氏は一斎ゆかりの岩村町出身、名古屋大学の化学工学科卒業、三菱化成(株)に勤務する方で、お年は私より11歳下、今年55歳になる。この本は重厚な装丁で、カバーは鈴木氏の代々が岩村で染物をやっておられる旧家であることから、染めの型紙を模した分厚いもので、一般市販本には余り見られぬ逸品である。一斎の主著の『言志四録』をメインとしてもう1冊安岡先生初めいろいろな方が取り上げた『重職心得箇条』を取り上げて、事業社会に生きる人達の心の拠り所として一斎の言葉を「指導者観」「経営観」などに分類・解説しておられる。
 電機の川上氏、化学の鈴木氏、それぞれご専門外の分野に取り組まれ、立派な著作をものされたのは素晴らしいことだと思う。

 佐藤一斎は青白きインテリ、干からびた儒学者ではなかった。若い日の血気は内に秘めたものの、凜乎(りんこ)とした熱気は生涯通じて衰えなかったのであろう。それがなければ、88歳没年までの現役の活躍は不可能だ。まさに文教の上での巨人、哲人の生涯で、その言葉、文章と相まって後世の私達を引きつける要因となっている。

忙しいと言うな 生涯学習
 佐藤一斎に『重職心得箇条』があることは先に書いた。
 中小企業に限ったことではないが、オーナー企業では経営者の二世、三世が若くして重職、つまり重役やトップの座に就く場合が多い。これは封建制の江戸時代も同じ事で、藩主、家老重臣の後嗣ぎは親の身分を世襲する。佐藤一斎にしても、そのまま武士階級に止まっていれば家老の職に就いたに違いない。どうすれば立派なリーダーになり得るか、指導者としての人のあり方を説いた儒教を武士階級が熱心に勉強したのは当然だった。

 では重職の人はどうあるべきか。
 身近な問題として、私は安岡先生から、最近の経営者は忙しいなどと言って手帳を出してみたりするが、忙しいなどというのは恥ずべき事である、と言われたのが深く心に焼き付いた。
 私のポケットには手帳がなく、忙しいという口実で人と会うのを避けたことはない。5分でも10分でも時間が作れないのは、その人が忙しがっているに過ぎないのだと思う。
 一斎の言葉を引用しよう。

 重職たるもの、勤向(つとめむき)繁多と云ふ口上は恥(はず)べき事なり。仮令世話敷(たとえせわしく)とも世話敷(せわしき)と云はぬが能(よ)きなり、随分手のすき、心に有余あるに非れば、大事に心付かぬもの也。重職小事を自らし、諸役に任使する事能はざるが故に、諸役自然ともたれる所ありて、重職多事なる勢あり。(第八条)

 訳文は必要ないと思うが念のため。

 (重役がいや忙しくてね、などと言うのは恥ずかしいことだ。忙しいのは事実であっても忙しいなどと言わない方がいい。バタバタ仕事に追いまくられているようでは本当に大事なことには気がつかぬものである。重職がつまらぬ仕事に口を出して担当の者に任せきることがことができないから、部下がよりかかって、余計に重役は忙しくなるのだ。)

 忙とは忙(こころ)を失うこと、うろうろと日常の現象面にだけ心を奪われていては、肝心のところが抜けてしまう。忙しいと言いながら、部下に任せていいことも任せもしないで、つまらぬ会議や会合に時間を潰すことが多いのが現代の重役だが、一斎の時代にもそれがあったらしい。
 一斎は任使というが任用も同じ事、任は任命する、あるポストを命令する意味もあるが、委任の任(まか)すの意味合いもある。任命しながら、任せないような上司が結構多いのは読者も体験済みだろう。

 この任使、任用は実に経営の根本で経営者が最も留意しなければならない課題である。忙しいと言うな、任使、任用が重要である、一斎の重職心得を読み、安岡先生から直接教えられたこの言葉だけでも、私は学問した値打ちは十分あったと思っている。
 世間的に見るならば私も結構忙しい部類に入るに違いない。日新出版、日新企画、パラボックスの小さいながらも三つの会社の社長にイベントのトラックショーの会長が加わる。
 一斎の言う手のすき、心に有余(ゆとり)があると、じっくりと計画を立てることができる。

 少(わか)くして学べば壮にして為すあり
 壮にして学べば老いて衰えず
 老いて学べば死して朽ちず
  (言志晩録)

 最近ボケ防止に囲碁が流行しているそうだが、実際は定年になってから始めるというのでは遅い。生涯学習の大切さを一斎は説いているのだが、その一生はまさにこの言葉のとおりで、88歳の没年まで学び続けて、現代に至る迄大きな影響を及ぼしている。
 中小企業の経営者二世はその職にある年数が長い。年を取れば取ったで、大所高所から会社を見てやる必要がある。老いて衰えてはならない。生涯学習の最も必要なのは二世、三世である。
(おわり)

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プロフィール

増田周作

Author:増田周作
(株)日新出版 創業者
月刊「特装車」「特装車とトレーラ」「NewTRUCK」編集発行人
「東京トラックショー」創立・主催者

大正15年8月30日生まれ 土佐出身
(H23年すい臓ガン、翌年肝臓ガン発病)
平成24年11月21日 肝不全で死去
       享年87歳

旧制中学1年1学期、上級生とのケンカで先方2名と共に退学処分。
15歳で安岡正篤先生門下に入る。
大阪商科大学(現・大阪市立大学経済学部)卒業。土木従事、新聞社を脱サラ後、広告代理店経営。昭和44年43歳、東京でトラックの月刊誌発行を始める。
湯島聖堂「斯文会」名誉会員・後援会常任委員を務める。
「呉越会」「東京トラックショー」「増田周作のおはようコラム」「日新論語会」など、常に社会の木鐸(ぼくたく)でありたいと願った“いごっそう”であった。
伊与田覚学監は10歳年上の叔父。

【 これがほんとうのあとがき。43年のもの書きの、最後の後書になった。われながらよく書き続けたものだと思う。
「生涯現役」。もの書きとして生涯現役を貫いた喜び、これに勝るものはない。読者の皆様に最後の「わだち」をお送りしてお別れをしたい。今、私は至福の感をもって最後のわだちを書いている。
 みなさん さようなら  11月13日 】
絶筆 H24年/12月号
「わだち=月刊 NewTRUCK 編集後記」

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