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みなさん さようなら

2018.07.30 11:29|「幽冥録」
1992年(H4) 月刊 「NewTRUCK」 8月号 
幽冥録

塩原和夫氏
(埼玉三菱ふそう自販社長)

塩原さんの支援でスタートの地方取材

 4月の何日であったか、塩原さんに電話をした。連休明けに、埼玉県トラック協会瀬山賢会長と対談の予定ですから、その時にお会いしましょうと言うと、それは楽しみです、是非にと嬉しそうな返事の声が耳に残っている。

 連休前後、中国に旅行して、慌ただしい日が続き、各府県のトラック協会長との対談は手持ちのものがあるので、もう少し先にと延ばしていたら、塩原さんの訃報が届いた。自動車販売店とのご縁は余り深くない当社に直接のご連絡はなく、三菱自動車の知人を通じてその急逝が報されたのは密葬も済んだ後だった。6月19日の社葬は欧州へ出発の当日、お別れもかなわず、孝子夫人にお悔やみのお手紙をお出しすることでお許し戴いた。

 自動車メーカーに勤務中はご縁があっても、地方のディーラーに出てからご縁が続くという例は皆無に近い。ディーラーを訪れる機会は殆どないからで、その中で塩原さんは例外的存在であった。三菱自動車勤務時代の塩原さんとおつき合いの度が、それ程深かったということだろう。

 三菱自動車の特装セクションには、技術上の一家言を持つ個性的な人が多かったが、塩原さんは実にソフトな感触の紳士で、おしゃれでもあった。
 長い顔で、笑みを浮かべ、誰にでも好感を持たれたようで、車体メーカーの人達も、親しみを持って近づいていたらしい。塩(えん)ちゃんの愛称もあったと聞いている。

 現在連載中の、各府県トラック協会長を歴訪する『トラック地方の時代』の前身は『とらっく人国記』シリーズだった。昭和59年に第1回トラックショーを成立させたが、トラックユーザーのことは殆どわからないままである。日通など大手の業者で地方の中小企業の類推はできないので、その事情把握には地方に出て行く必要がある。しかし、トラック業者とのつながりはない。
 そこで、岡山三菱ふそう自動車の社長として赴任中の塩原さんに協力をお願いしたのだが、快く引き受けて戴いた。何日か岡山に泊まって、ふそうを始めとするディーラーの担当者の案内でトラック業者を訪ねるシリーズがスタートした。地方のトラックユーザーに手がかりを持たない私としては、ディーラーを頼る以外に手段はないので、もし塩原さんが岡山におられなかったら、この企画そのものの成立は不可能であったと思う。この種のシリーズは見本誌ができれば、後はスムースに運ぶものである。

 『とらっく人国記』第1回岡山県の巻は昭和60年4月号に掲載された。その後、トラックショーを(社)全日本トラック協会が後援することになり、全ト協事務局の紹介で、地方トラック協会長に順次対談する現在のシリーズに引き継がれた。
 地方のトラック業者を歴訪するのは、トラック専門誌を発行する者にとってきわめて重要なことである。その導きをして下さったのが塩原さんであることを思うと、ご恩返しをする間もなく幽明界を異にしたことが悔やまれてならない。

 埼玉三菱ふそうに移られてから暫くしてお訪ねしたのがお会いした最後になった。この2月に300号記念品をお送りした時にお礼の電話を戴き、4月にはこちらからお電話した。5月にお会いできなかったのは残念だが、今年に入って2度、お話しできたことをせめての慰みとしよう。
 長くい生きることはそれだけ多くの人との悲しい別れが重なることであろう。謹んでご冥福をお祈りする。


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プロフィール

増田周作

Author:増田周作
(株)日新出版 創業者
月刊「特装車」「特装車とトレーラ」「NewTRUCK」編集発行人
「東京トラックショー」創立・主催者

大正15年8月30日生まれ 土佐出身
(H23年すい臓ガン、翌年肝臓ガン発病)
平成24年11月21日 肝不全で死去
       享年87歳

旧制中学1年1学期、上級生とのケンカで先方2名と共に退学処分。
15歳で安岡正篤先生門下に入る。
大阪商科大学(現・大阪市立大学経済学部)卒業。土木従事、新聞社を脱サラ後、広告代理店経営。昭和44年43歳、東京でトラックの月刊誌発行を始める。
湯島聖堂「斯文会」名誉会員・後援会常任委員を務める。
「呉越会」「東京トラックショー」「増田周作のおはようコラム」「日新論語会」など、常に社会の木鐸(ぼくたく)でありたいと願った“いごっそう”であった。
伊与田覚学監は10歳年上の叔父。

【 これがほんとうのあとがき。43年のもの書きの、最後の後書になった。われながらよく書き続けたものだと思う。
「生涯現役」。もの書きとして生涯現役を貫いた喜び、これに勝るものはない。読者の皆様に最後の「わだち」をお送りしてお別れをしたい。今、私は至福の感をもって最後のわだちを書いている。
 みなさん さようなら  11月13日 】
絶筆 H24年/12月号
「わだち=月刊 NewTRUCK 編集後記」

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