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みなさん さようなら

2018.09.13 09:43|コラム・巻頭・社説・社告
1982年(S57) 月刊 「特装車とトレーラ」 9月号

木も人も長い目で
木曽ひのき 400年の育成事業

 先日、中山道の取材行脚で木曽路を歩いた。木曽森林は江戸時代は尾張藩、明治になって皇室御料林、戦後は国有林として400年にもわたって手厚い保護を受けてきた世界にも稀な地域である。特にヒノキなどは「木ひとつ、首ひとつ、枝ひとつ、腕ひとつ」と言われるほど厳しい監視のもとに育成されたといわれる。

 木曽路はすべて山の中であり、果てしない美林が続く。それらは手厚く保護育成されたもので、決して原生林ではない。一夜の眠りを求めた宿の古老の話によると、明治になってからヒノキの伐採の周期を120年に決めたが、これは大きな間違いであった。そのため木曽の国有林にはヒノキの巨木はなくなってしまい、大変な損失である。せめて、200年周期にすべきで、今その方向に変更しようとしているようだ、という。120年と200年のヒノキでは値段がまるで違って、ヒノキの巨木ともなると1本2億円もするものがあるらしい。

 国家百年の計というが、森林政策というのは気の遠くなるような長年月のプランが必要だということを実感させられたのも、木曽谷ひとり歩きの大きな収穫であった。
 世界に緑を、という運動が盛んである。かつて南廻りの空路で欧州へ飛んだとき、印度から中近東の大地の余りにも荒れ果てた状況を見て、古代文明の栄えた地域の末路に慨嘆したことがある。緑を失ったとき文明は崩壊したのである。中国も古くから治山、治水を言いながら、その余りに広大な国土のためか植林事業など成功していないし、木曽谷のような美林にお目にかかることはない。

 緑の保護育成には非常に長い歳月を必要とする。先程のヒノキの例では植林後、数代先の人達を潤すのである。われわれも先人の余慶を受けているわけで、そこに永遠の人間のいとなみの姿を見ることができる、と同時に、その国の政治的安定が何より必要であることを教えてくれる。

 人材もまた年月をかけて育成しなければならない。その育成した人材がまた次の人材を育ててゆく。行き当たりばったりのご都合主義や目前の利益追求だけでは人材を育てることはできない。木も人も、長期的視野に立った育成が必要なのである。



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プロフィール

増田周作

Author:増田周作
(株)日新出版 創業者
月刊「特装車」「特装車とトレーラ」「NewTRUCK」編集発行人
「東京トラックショー」創立・主催者

大正15年8月30日生まれ 土佐出身
(H23年すい臓ガン、翌年肝臓ガン発病)
平成24年11月21日 肝不全で死去
       享年87歳

旧制中学1年1学期、上級生とのケンカで先方2名と共に退学処分。
15歳で安岡正篤先生門下に入る。
大阪商科大学(現・大阪市立大学経済学部)卒業。土木従事、新聞社を脱サラ後、広告代理店経営。昭和44年43歳、東京でトラックの月刊誌発行を始める。
湯島聖堂「斯文会」名誉会員・後援会常任委員を務める。
「呉越会」「東京トラックショー」「増田周作のおはようコラム」「日新論語会」など、常に社会の木鐸(ぼくたく)でありたいと願った“いごっそう”であった。
伊与田覚学監は10歳年上の叔父。

【 これがほんとうのあとがき。43年のもの書きの、最後の後書になった。われながらよく書き続けたものだと思う。
「生涯現役」。もの書きとして生涯現役を貫いた喜び、これに勝るものはない。読者の皆様に最後の「わだち」をお送りしてお別れをしたい。今、私は至福の感をもって最後のわだちを書いている。
 みなさん さようなら  11月13日 】
絶筆 H24年/12月号
「わだち=月刊 NewTRUCK 編集後記」

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