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みなさん さようなら

2018.11.01 04:11|外部 寄稿者
モスクワ 赤の広場 1991年
モスクワ レーニン廟のある赤の広場 (1991年 イーワンエンジニアリング(有)代表取締役 島西 保氏撮影)

1991年(H3) 月刊「NewTRUCK」 10月号
世相巷談

ロシア人よ頑張れ
大谷 健 (元朝日新聞編集委員)

 ソ連共産党といえば、おっかない、強い存在と思っていたのに、クーデターによる三日天下のあと崩れ去った。ベルリンの壁の崩壊に始まって、まさかと思うことが相次ぐ。歴史というものは思い切ったことをしてくれる。

 クーデターをおこした連中の、失敗したあとの見苦しさに較べると、クーデター最中にに示したエリツィン・ロシア共和国大統領の勇気に世界中の人々は感心した。バランス感覚のあるゴルバチョと違って、少しはやり過ぎと思われていたエリツィンの評価が俄然高まり、西側諸国はゴルバチョフとエリツィンの二人三脚の体制を望んでいる。

 ロシアの大衆が一党独裁より民主を選んだのは感動的である。だがクーデター粉砕の興奮がおさまったあと、やってくるのが経済の崩壊であり、飢餓であるなら、人々は民主主義をも呪うようになるだろう。ゴルさんもエリさんも「クーデターは終わった。さあ経済だ」と宣言しなければならない。

 しかし先立つものは金だ。ヨーロッパには、先のロンドン・サミットに折角ゴルバチョフを招きながら、日米が慎重なため大規模な金融支援に済みきれなかったという意見がある。だが、ちゃんと資金を使いこなすシステムをつくらないと、折角の金が無意味になってしまう。現にあの時、大幅に金融援助をしておけば、かえって保守派や軍の体制の温存に役立っていただろう。金を出す方が有効に使ってほしいと注文するのは当然だ。

 ソ連経済の再建に当たって、物づくりもさることながら、材料を工場に運び、作った製品を消費者に届ける物流システムを構築しなくてはならない。こうした日本側の忠告をいれて、ソ連大統領府と交通省がことし1月、吉田運輸省貨物流通局長を団長とする「対ソ物流調査団」を招請した。

 この調査団の報告書を読むと社会主義経済の下での鉄道事業のつらさがわかる。鉄道の運痛が1950年代以降、昨年まで安いまま据え置きだった。一見利用客には有難いようにみえるが、鉄道事業に金がまわらず、機関車、客車、貨車とも不足し、不良品が多い。レール、枕木も耐用年数を超えたものが多く、スピードを出せない。時速は公称では旅客列車140キロ、貨物90キロだが、実際は80キロ、60キロ、場合によっては20キロということもある。

 ソ連では貨物輸送(パイプラインを除く)に占める鉄道のシェアな73.6%(1988年)で圧倒的。ちなみに日本は5%、従って当分ソ連の物流の主役は鉄道である。しかし物流センターも倉庫も、フォークリフトも何もかもナイナイづくし。だから貨物駅での貨物の滞留時間が長く、モスクワでは平均11.5日。日本は2日前後である。これに加えて他の交通機関との連絡が悪く、例えばモスクワ市自動車総局は夜間と休日は完全に休んでしまう。
 ソ連交通省は調査団に極東、サハリン地区の客、貨車不足を解消するため、中古車を輪出してくれと申し入れた。日本は気持ちよく受け入れ,JR東日本が中古ディーゼル車を無償提供することになっている。

 ソ連のイメージは悪い。トルストイ、ドストエフスキー、チェーホフの作品を誰も「ソ連文学」といわず、「ロシア文学」という。だから最後にソ連人でなく、ロシア人(又はウクライナ人、或いはアルメニア人)に訴えたい。経済でも物流でも、頑張れよ、と。



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プロフィール

増田周作

Author:増田周作
(株)日新出版 創業者
月刊「特装車」「特装車とトレーラ」「NewTRUCK」編集発行人
「東京トラックショー」創立・主催者

大正15年8月30日生まれ 土佐出身
(H23年すい臓ガン、翌年肝臓ガン発病)
平成24年11月21日 肝不全で死去
       享年87歳

旧制中学1年1学期、上級生とのケンカで先方2名と共に退学処分。
15歳で安岡正篤先生門下に入る。
大阪商科大学(現・大阪市立大学経済学部)卒業。土木従事、新聞社を脱サラ後、広告代理店経営。昭和44年43歳、東京でトラックの月刊誌発行を始める。
湯島聖堂「斯文会」名誉会員・後援会常任委員を務める。
「呉越会」「東京トラックショー」「増田周作のおはようコラム」「日新論語会」など、常に社会の木鐸(ぼくたく)でありたいと願った“いごっそう”であった。
伊与田覚学監は10歳年上の叔父。

【 これがほんとうのあとがき。43年のもの書きの、最後の後書になった。われながらよく書き続けたものだと思う。
「生涯現役」。もの書きとして生涯現役を貫いた喜び、これに勝るものはない。読者の皆様に最後の「わだち」をお送りしてお別れをしたい。今、私は至福の感をもって最後のわだちを書いている。
 みなさん さようなら  11月13日 】
絶筆 H24年/12月号
「わだち=月刊 NewTRUCK 編集後記」

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